渇望の鬼、欺く狐
 結界内と結界外の、境界に捨てられていた人間の赤子。

 あれ程、人間に憎悪を抱いた私が、人間の赤子を拾おうと思ってしまった本当の理由は。

 自分の息子と、同じ名前を付けた理由は。

 重ねてしまった。

 小さな体と、耳を震わせる大きな泣き声に。

 ずっと自分の手に抱きたかった感触を、取り戻したくなってしまったからだった。


 自分の子供を、他の誰かに重ねる事。

 その躊躇いは、大声で泣く赤子を、迷惑だと思う事で現れてしまったにも関らず。

 私は歌ってしまったのだ。

 忘れかけていた子守唄を。

 間違いなく、当時の気持ちで。


 戸惑いや躊躇いは、暫く胸中に残り続けていた。

 旭と名付けた赤子は、失ってしまった旭ではない。

 その理解を抱いている。

 なのに。

 赤子は屈託のない、無邪気な笑顔で私に擦り寄るから。

 出る事もない乳を吸っては、安心したように眠るから。

 赤子の行動は、私の中にある戸惑いや躊躇いを打ち消して。

 赤子を可愛いと認めた時、湧き出した欲求を、止める事が出来なくなった。

 孤独に埋められていた日々を、母としての時間で取り返したくなってしまった。

 自分が居なければ、息絶えてしまうのであろう存在。

 楓に守られるばかりだった私が、守る事の出来る儚い存在。

 失ってしまった我が子と、目の前にいる赤子を重ねる自分は、いつの間にかどこかへ消えていた事に気付く。



 この子をこの子として。

 自分の息子として育てていこう。

 誰かに奪われる事のないように、この子が精一杯生きて、最期を迎えるその瞬間まで。

 私はこの子を守り続けよう。



 それは見失っていた、自分の存在意義とも取れる思考だった。
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