淫靡な蒼い月

奈落



熱いシャワーが心地いい。


あたしは、今夜もたっぷりと蜜を堪能した。


果物で言うなら、ちょうど、うれ頃の甘い林檎ってとこ。


「……楽しんでるよね」


まだベッドの中のかわいいつばめが、そう言って笑う。


あたしは黙ってメイクを直し、ピアスをつけた。


「また電話して」


「ええ」


後腐れない、純な肉体だけの関係。


純な肉体関係なんて、ちょっと矛盾かしら。


ホテルを出て、夜の街に飛び出すと、風が濡れた髪を撫で、首筋がひんやりした、


――夜道を歩いてる間に乾くわね。


ヒールを軽快に鳴らしながら、ちょっと気だるく歩いてみる。


左手薬指のリングの重さなんて、もう、気にもならなくなった。


――人生は一度だけ。


なら、楽しまなくちゃ。


家が近付き、バッグから鍵を取り出す。


今夜は遅くなると、夫には伝えていたけど、案外早い帰宅になったから、驚くかな。


ゆっくり鍵を差し込んで鍵を明け、中に入る。


「あなた? ただいま」


電気がつきっぱなしの、人気のないリビング。

あたしはテーブルに鍵をおいて、まっすぐ、二階の寝室へ向かった、


身体の中心部と腰に痛みを感じる。


――そう言えば今夜の彼は、凄く激しかったわね。


せっかく早く帰ったんだから、ケーキくらい買ってもよかったな。


ほんの罪滅ぼし。


「あなた?」


なんの躊躇もなく、寝室のドアを開けた瞬間、あたしは、凍りついた。


ふわりと舞い上がったシーツに垣間見えた、見知った顔……。


驚き、うろたえながらわたしの名を呼ぶ夫の後ろで、細い裸の肩が、よく知る顔の肩が、震えていた……。



< 29 / 67 >

この作品をシェア

pagetop