淫靡な蒼い月

甘美な瞬間



顔にかかる髪を、首を振ることで後ろに流し、


椅子に片足をついて、ゆっくりストッキングをあげてゆく


素直に、大人になったんだなと思った。


初めてきみを抱いてから、何年経ったのだろう。


あの頃はまだ、制服の白いスカーフが眩しかった。


髪もストレートだったのに、今はふうわりと、ウェーブしている。


鏡の前でメイクを直ししぐさも手慣れ、どこから見ても、もう


“大人の女性”


弾力に富む美しい唇に引かれてゆく紅


同じ色が爪にも施され


鎖骨の下にも真新しいのがある。


俺がつけたもの。


「ねぇ、来週はいつ会える?」


ピアスをつけながら、ベッドの俺を見て、きみが聞いた。


「……連絡する」


俺は、ナイトテーブルの酒を手に取り、静かに口に運んだ。


ずっと、見ていたい――


そのセクシーで甘美なしぐさ


「たまには外で食事とか、したいな」


不意に、初めて抱いた頃の声に戻り、どきっとした。


「お酒、程ほどにしてね」


すっかり身なりを整えたきみが、まだ裸の俺の側に立ち、微笑んだ。


「ずっと、あたしの側にいてね」


「俺はもう、きみの家庭教師じゃないよ」


「……そうね」


きみが少し寂しそうに笑って、俺の手を握る


控え目な香水が、鼻をかすめる。


不意にきみを抱き締めたくなり、俺は腕を伸ばして強くきみを抱き締めた。


「ずっと、俺の側にいてくれ」


驚いているのか、きみは何も言わない。


「先生、また、痩せた……?」


ただ一言、きみがそう言う。


今度は俺が口を閉ざした。


俺たちに残された時間は……もう、そんなに残されては――ない。


俺は、蝕まれているんだ。


治る見込みのない、病に。


きみを残して逝くのだけが、心残り。


だから、この甘美な瞬間の、永続を、神に祈る。


少しでも永く、二人でいられますように――。





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