シャクジの森で〜青龍の涙〜
「・・・君は、自信を持ち自由に振る舞い楽しめば良い。だが、決して私から離れてはならぬ。良いな?」

「はい、アラン様。―――シャルル、おりこうさんで待っててね。メイたちを驚かせたり、お部屋から出たりしちゃダメよ?」



エミリーはシャルルが自由に出入り出来るように籠の扉を開けておき、アランと共に部屋を出た。

離れから本館への渡り廊下を歩いていくと、風の音に混じって軽やかな音楽が聴こえてくる。

それに、女性の歌声のようなものも。

国が変わればパーティも趣向が違うもの。

思えば、本格的な歌を聴くのも久々だ。

メイがする鼻歌なら、よく聴いているけれど。


エミリーは楽しみにしながら、心の中で事前に習った作法を復習していた。



「ギディオン王国アラン王子様ならびに王子妃様、どうぞお入り下さい」



ちょび髭の生えた紳士が、恭しく重厚な扉を開けてくれる。

と、煌びやかな世界が目に飛び込んで来た。


華やかな女性の笑い声と男性たちの快活な話し声。

それに楽士たちの奏でる音楽が重なり、広間の中は楽しげな雰囲気で満たされている。


黄色のお揃いの衣装を身に纏った若い娘たちが、広間の真ん中でドレスの裾を翻しながらくるくると踊っている。


二人が広間に足を踏み入れビアンカの元に進んでいくと、広間の中が次第に静かになっていった。

話声が止み、音楽も止まり、娘たちはダンスをやめた。

しんと静まった会場中の視線が、歩く二人に注がれる。



ほろ酔い気分も吹き飛ばしてしまうような、ピリッとした威厳を放ちながら堂々と歩く見目麗しい若者。

歩みを進めるたびにさらりと揺れる銀髪にシャンデリアの灯が映り、艶々と輝く。

鋭い光を持った深いブルーの瞳は、ただ一点、ビアンカを捉えていた。

会場中の女性の視線を集めるアラン王子。

待ちうけるビアンカの瞳が、どんどん艶を含んでいく。

一部の隙もなく、レオナルドでさえ声をかけづらい雰囲気を持つアランは、会場に居る誰もを黙らせる力があった。



それとは反対に、ほんわりと柔らかな気を放つエミリー。

逞しい腕にそっと掴まって歩く姿は可憐で、こちらは、会場中の男性の視線を集めていた。

月の光を映したような艶めく髪。

少し伏せがちなアメジストの瞳を縁どる長い睫毛。

微笑みを湛えている表情は美しく、しんと静まった会場の中でも驚くくらいに足音がせず、まるで天使が歩いているかのよう。



やがて二人はビアンカの元に辿り着き、アランが挨拶をし始めた。

ビアンカの色香を含ませて潤んだ瞳は、ただアランだけを見つめ、作法通りに挨拶するエミリーをちらっと一瞥したのみで全く言葉を交わさない。

ビアンカは、ひた・・とアランの逞しい腕に触れ、ダンスの誘いをし始めた。
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