シャクジの森で〜青龍の涙〜
草で遊ぶのに飽きたのか、シャルルがエミリーの膝の上に乗って来た。

腕を丸めてしっぽを揺らし、アニスの手のあたりをジーッと見ている。



「その中に・・・あるのですね」



エミリーはシャルルの背を撫でながら、小さなオルゴールを見つめた。

古びて角は丸くなっているけれど、欠けや穴はどこにも見られず、とても大切にされていたのがわかる。

どうして動かないのだろう。



「きっとそうだ、と信じているのです。私だけじゃなく、一族にとっても、これは唯一の希望なのです。それは、恐らくこの国にとっても――――だから、ここに入ってないと困りますわ」



アニスは小箱をてのひらで包んで、ぎゅっと胸に抱いて瞳を閉じた。

まるで願いを込めるように。



「オルゴールが動けば、アニスさんが、その歌をうたうのですか?」

「はい。これを持つということは、私が巫女の資格を得たということなのです。この国では・・・もうすぐ、春の訪れを告げる“風凪ぎ祭り”が始まりますわ。スヴェンの巫女は、曽祖母の代まで、毎年歌を奉納していました。風凪ぎと国の繁栄を願うために。けれど、効果がなくて年々風は酷くなり国境は広がるばかり。そんな状態が幾年も続くと、どうなるか分かりますか?」



アニスの哀しげな瞳が、まっすぐにエミリーを見つめる。



「人々の心に、期待と裏切りの繰り返しが、積み重なっていくのです」

「はい・・あの、なんとなく、わかります」



エミリーはそれ以上何も言えなくて、言葉に詰まった。

きっと、想像も出来ないような酷い言葉を投げかけられたりしたのだろう。

しかも、それだけではなく――――・・・。


絶望と窮地に追い込まれた人々は何をするのか。

故郷の歴史でもいろいろな事例があるのだ。

この世界でも、それは当然起こり得ることで――――


エミリーは辛くなってしまい、アニスから視線を逸らした。

瞳に映るのは、とてものどかな牧場の風景。

時折強い風が吹くけれど、これくらいならばギディオンと同じと感じる。

奥の方で、ニコルが動物と戯れて楽しげな声をあげている。

今は、とても平和に見える国だけれど、解決されない深刻な問題をずっと抱え続けているのだ。



「――多分、今、王子妃様がご想像なさった通りですわ。いえ、それ以上なのかもしれません―――――」



アニスは視線を落とし、オルゴールの色の薄い部分を指先で辿った。
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