死神少年
いつも、おしとやかな彼女には珍しい一面だった。


俺は自分の缶を開けるのも忘れて呆然とそれに見とれていた。


でも、そういう行動のひとつひとつでさえ、彼女は優美にこなす。



「ごめん、はしたなかったね」



叔母さんは口を拭いながら苦笑して言った。


「いえ」

「なんかね、今頭の中が上手く整理出来てなくて」

「……そうですか」

「音穏くんにね、話したい事があって」

「姉さんの手術の事ですよね」



叔母さんは目を見開いて俺を見る。その目は微かに潤んでいて、華奢な指は小刻みに震えていた。



「知ってたの?」



俺は静かに、深めに頷く。



「ごめんなさい……俺、聞いちゃったんです。叔母さんが姉さんの担当医の人と話してるの。 本当は凄く難しい手術なんですよね」



あれは一週間前、学校で終業式を終えて部活が休みだったその日、俺は昼が少し過ぎた頃に病院に向かった。

いつもとは来る時間帯が違ったから、叔母さんもまさか俺が盗み聞きをしてるとは思わなかっただろう。


話の内容は、姉さんの手術についてだった。

手術は二週間後。失敗すれば余命は半年、成功すれば経過次第で退院ができる。


だが、手術の成功率は僅か11%――。

だが手術の説明で、叔母さんは姉さんに成功率は80%だと告げていた。



「和美には?」

「言ってません。 俺にはそんな権利、ありませんから」



俺は声の震えを必死に止めようと、無理に笑顔を作った。


11%――姉さんの生存率。


そのあまりに小さく、頼りない数字を耳にしたあの瞬間、俺の視界はぼやけた。頬を生暖かい何かが伝う。そいつは意思に逆らい、後からとめどなく溢れ出した。



「俺、帰りますね。 姉さんに伝えておいてくれますか?」

「うん、伝えとく」



「それじゃあ」と俺は立ち上がって軽く会釈をすると「ジュース、ありがとうございました。」と軽く会釈してその場を後にした。



ペダルを漕ぐと、熱帯夜の生暖かい風が体を駆け巡る。だが、涙の後だけは妙に冷たかった。


今日はペダルがやけに重い。




< 13 / 29 >

この作品をシェア

pagetop