死神少年
奴の顔はいつものニヤニヤした顔に戻っていて、だから俺はほんの少しだけ期待を寄せて奴の言葉を待った。



「あの女、もうすぐ死ぬぜ」



その瞬間、頭の中で何かが切れる音がして



「ふざけんな」



気がつくと、俺は奴の胸倉を掴んで壁に奴の体を押し上げていた。



「彼女の母親がどんな気持ちで手術を迎えるのかも知らないくせに」

「んなもん知るかよ。 俺が知ってんのはあの女がいつ死ぬか、それだけさ。」



「本当の事を言って何が悪い?」と言わんばりに奴は表情一つ変えず、むしろ余裕すら感じられる顔で、余裕を感じる声で答えた。


俺は握りこぶしを作ると奴の顔面に繰り出した。

だが、それと同時に広げられた奴の右手がそれを包む。



「俺を殴ったって、女の運命は変わらない」



奴のその言葉は俺の鼓動を速まらせ、呼吸を荒くし、体中を震わせた。


もはや立つ力さえも奪われて、俺はその場に崩れるように座り込む。



「姉さんは……あとどれくらい生きられる?」


自分の体なのに、声が震えてるのか、身体が震えているのか、それとも両方とも震えているのかもよくわからない。



「35日」



医師が宣告していた半年から掛け離れたその日数を聞いて、俺は思わず乾いた笑いを漏らす。


結局、俺が姉さんに出来た事といえばそこら辺にいる虫ケラとなんら変わらない。


ただ黙って見てるだけ


彼女が徐々に死に蝕(むしば)まれていくのを、指をくわえて黙って見てるだけだった。


まだ蜩(ひぐらし)の方が、その鳴き声で彼女の心を癒す事が出来ただろう。



「立て」



差し出された手は、今まで何度も振り払ってきたもの。 あまりに白く、華奢なその指に、はたして今更頼っていいものか。



「死神になって彼女を救うか、少年として彼女の死を見届けるか。 決めるのはお前だ」

「……俺は」



その時、俺の右ポケットが振動する。 俺はポケットから携帯を取り出す。番号は非通知だった。



「もしもし?」




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