身を焦がすような思いをあなたに
辺境の森の中
「いない、だと?」

青英が、冷たい声で、そう訊き返すから、流は返事をするのも嫌になってくる自分を叱咤激励しつつ、なんとかこう答えた。

「はい。城中を探させましたが、見つかりません」

ちらりとこちらに投げかける視線にも、背筋がぴりりと冷える。

「庭も見たのか?」

「確認済みです」

「城外に連れ去られた形跡は?」

「今のところ、発見できません」


「探せ」


考える間が一瞬とないうちに、青英がそう告げた。

「は?」

「城外まで探せ。国の隅々まで」

「…かしこまりました」
青英は、胸がずきりずきりと痛むことに、気がつかないふりをしていた。

夜になって、いつも通りに訪れた朱理の部屋は、もぬけの殻だった。いつも以上に静かで、凍えるような冷たい空気に満ちていたその部屋の中で、青英は立ち尽くしていた。

それから、ようやく流を呼んで、探しに行かせたのだ、朱理を。最後に見た、朱理らしからぬ冷え切った眼差しに、嫌な予感しか抱けなかった。


「どこへ行ったんだ、バカ」


青英は、その嫌な予感を拭い去るべく、やや乱暴な手つきで、朱理のクローゼットを開けた。ゲスト用に適当に放り込んであったドレスは全て朱理がやってくる前の状態で、バーにかかっているようだ。

ただ、朱理の誕生日に、陽輔が持って来たナンネンソウの衣類一式だけが、消えていた。

ワンピース。グローブ。ソックス。そのうち、クローゼットに残されている物は、ひとつもない。

それは、青英との決別を、はっきりと意思を持って朱理が示したかのようで。


「ふざけんな。今更、どこに行く気だ」


青英の言葉は、伝えるべき相手には、もう届かない。

父のところへ、石造りの塔へ、戻るべきだろうか。何度も考えた。

『何があっても、朱理のそばに、お父さんがいるから』という、陽輔の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

いや、あそこには、もう、戻れない。一目会いたいけれど、お父さんを巻きこむわけにはいかない。そう思い直して、何度も足を前に進めた。

朱理は、足が自分の意思では動かない棒になったみたいだと、思い始めていた。長い時間歩いたせいで、体の中も外も熱を帯びて、疲れ果てている。

だからと言って、あの不思議に心地よかった城へ戻るつもりも、もう起こらなかった。

目の前に、目指す森が見えて来た時、初めて、歩いてきた後ろの方を振り返った。もう、あの城壁も、奥にそびえる城も、見えなかった。


そこで初めて、朱理は泣いた。


あそこで、生きていていいのだと、一人じゃないのだと、感じたことが、遠い昔のことのようで。

いつかは、あんな日々も、失われると、常に心のどこかで覚悟していたつもりだったのに。

そのときは、突然やってきた。

それは、あまりにも突然で。


流れ落ちる涙を拭いもせず、朱理は再び森を目指す。火・土・水・風の順で、4国がぐるりとまわりを取り囲むような配置で、その真ん中に、森は丸く広がっているようだ。

4カ国に接するその巨大な森は、太古から茂っているらしく、奥まで入ると出ることも叶わないと言われている。

畏怖の念を抱いていたその森に、自ら進んで足を向けようとは。


ここで、死ねばいい。


外の世界は、私には危険すぎる。朱理はそう思う。いや、正確に言えば、外の世界にとって、私という存在が、危険すぎるのだ。

自らの力をコントロールできないばかりか、その力を強大化させてしまっている今の自分は、命の尽きるその瞬間まで、極力、人や物に関わらないようにしなければいけないのだ。それには、この森はうってつけの場所だと思う。


今度こそ、楽になれる。

石造りの塔で、ナンネンソウのグローブを燃やしてしまったあの夜が明ける時、死が、怖いものではなくなった。物を破壊し、人を傷つける、この能力を、永久に封印することができるということに気がついて。

あそこから、今日までが猶予期間だったということだ。

あのときの朱理の気持ちは、今も変わらない。世界を破滅させるとまで言われた力を、利用しようとする人間まで存在するのだとわかった今、自分がこの力とともに心中してしまうのが一番いいという気持ちは一層強まったくらいだ。

死後の世界が存在するなら、母親にも、美砂にも、会えるかもしれない。そこへ行く日が早く来ればいいのにと思う。


それなのに、涙が止まらないのはなぜだろう。


朱理は、そこで、考えることをやめた。いや、考えることができなくなった。

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