君の知らない空

◇ 彼の行方



「市民病院って、いつも混み過ぎだよなぁ……どうにかして時間短縮できるように、少しは考えてほしいよなぁ」


珍しく、桂一が口を尖らせる。
不平不満なんて、ほとんど口に出したりしないのに。待たされたことが相当堪えたらしい。


「だよね、途中で帰りたくなるよ」


桂一の車の助手席で、私は当たり前のように相槌を打つ。
駐車場で待ちぼうけさせていたのは、実は私の寄り道なのに……ゴメン。と心の中で謝りながら。


「お昼、どうする? 何が食べたい?」


「ん……何でもいい」


「その答えが一番困るんだってば、何か思いつかない?」


いつか、どこかで聞いたことのある言葉。付き合ってた頃、同じような会話を交わしてたなぁ……私たち。


僅かに温かさの残る懐かしい思いが、緩やかに胸の奥深いところを揺さぶる。
このまま、あの頃に帰れるのなら帰ってしまうという選択肢もあるのかもしれない。


でも、私の気持ちは揺れている。
心の中には桂一の他にもうひとり、彼の姿が確かにあったから。
小川亮、彼にもう一度会いたい。
彼が美香の兄たちと関わっていないことを、何とかして確かめたい。


「ショッピングモールでも行こうか、レストランフロアの中なら何か食べたいものが見つかるだろ? な? どう思う?」


ぼんやりしてた私を引き戻すように、桂一が呼び掛ける。ハンドルを握りながら、ちらりと私を覗き見て返事を待ってる。


「うん、いいよ。桂に任せる」


「なんだよ、またそんな言い方……俺が決めても文句言うなよ?」


「いや、それは言うかも」


桂一と笑い合う。
幸せだった頃の姿が重なって見えた。


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