君の知らない空


ショッピングモールのレストランフロアを一巡りして、和食屋さんに入った。
昨日、江藤と美香が訪れた店だ。
フロアの通路際のテーブル席に着いた私たちは、ふうと同時に椅子にもたれかかった。


「松葉杖、返せてよかったな。着実に良くなってるってことだろ? でもさ、急になくなったら歩きにくくないか? まだ痛いんだろ?」


「うん、まだ痛いよ。でも松葉杖使うほどでもないかな、ちょっと庇ったら歩けるし、あとは日にち薬だと思うよ」


「は? 『日にち薬』って何?」


「あれ? 知らない? 時間が経てば自然に少しずつ治っていく……って意味。使わない?」


「使わない、聞いたことないし。どこの言葉だよ? おばあちゃん言葉か?」


「違うって、おばあちゃんも使うけど、私の家族はみんな使ってるよ?」


今さらって思うけど、付き合ってた頃には気づかなかった発見があるものなんだ。


食事を終えて、フロアの通路を行く人を見送りながら何気ない会話を交わしている。笑い合ったりしているけど、気持ちはもやもやしていた。


さっき病院で聞いたこと、いろいろなことを桂一に話して確かめたい。
言い出せないままでいると、桂一がはっと視線を留めた。


「どうしたの?」


「いや、ちょっと……」


いかにも答えにくそうな桂一の顔は、明らかに強張ってる。
通り過ぎていくの流れの向こう側へと注がれる桂一の視線を追ったけど、そこに何があるのか分からない。確かな不安を察して、胸の奥がざわめいている。


「橙子、とりあえず出ようか」


と言って、桂一は笑った。
でも私に見せた表情は硬く、違和感と不安を拭えなかった。



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