君の知らない空
「橙子は何でこんな所にいるんだ? まさか野次馬?」
桂一が思い出したように振り返った。できれば忘れてて欲しかったのになぁ……
私の話はどうでもいいじゃない。桂一が何で呼び出されたのかって、私にはそっちの方が気になるよ。
「えっ……そこのカフェのクロワッサンが美味しいって聞いたから……買いに来ただけだよ」
咄嗟に目に留まったカフェを指差した。焼けたビルの前の道路を挟んだ斜め向かいの店。
確かに、あの店のクロワッサンは美味しい。聞いたんじゃなくて、実際に食べたことがあるから知ってる。板チョコが真ん中にどっしり入っているし、持ち帰って冷やすとチョコレートのパリッとした食感が増してとても食べ応えがある。
「休みの日にわざわざ? こんな所まで? ここなら仕事の帰りに寄ったらいいのに、また足が痛くなっても知らないぞ?」
「いいでしょう? 食べたかったんだから、今日食べたい気分だったの!」
「べつに今日じゃなくてもいいと思うけどなぁ……」
桂一は納得いかない様子で、いかにも疑わしいと言いたげに私を見てる。何とか気を逸らしたいと思った私の視界に、男性の姿が映った。
「大月、どうだった?」
その男性が呼び掛けると、桂一は慌てて振り返った。
「先輩、すみません。一回りしてみたんですが、ここには誰もいないようです。どうします?」
「そっか、しょうがないか……綾瀬さんがすっごくお怒りだからさ、今日はもうちょっと回ってみようか」
先輩と呼ばれた人は、ようやく私の存在に気づいて驚いた顔をした。その顔を正面から見て、私も霞港のターミナルビルで桂一と一緒にいた人だと分かった。
「あ、失礼……」
先輩は私と目が合うと、ぺこっと頭を下げた。