君の知らない空


「え? いつ……って?」


堪らず聞き返した。
すると先輩はぐいと私の腕を引き寄せて、もう片手を私の背に回した。顔を近づけて、頬と頬が触れそうになる。


「やっ……」


私が顔を背けると、先輩は鼻で笑って顔を離した。


「その声、聞き覚えがあるんだ」


先輩が目を細め、にやりと笑みを浮かべる。


何が言いたいんだろう。
酔っ払ってるから、以前にも会ってることを忘れてしまっるのかもしれない。


「前に、月見ヶ丘駅前の火事の現場でお会いしました、その前にフェリー乗り場でも……」


と言ったら、先輩は首を振る。


「違う、それより前だ。そこの夕霧駅前の商店街だよ、覚えてないかな?」


何? いつのこと?
先輩を初めて見たのは霞港のターミナルビルで、桂一と一緒にいたところだったはず。


今度は、私が首を傾げた。


「えっと……商店街には行ったことありますけど……お会いしましたっけ?」


「先々週……いや、その前の週だったかな? 商店街の路地裏で、君はその足を挫いたんだろ? 何を見たのか覚えてない?」


頭の中が真っ白になった。全身が凍りつくような感覚に襲われて、声が出ない。


「俺もあそこに居たんだ、足を挫いて声を上げたろ? 座り込むところを見たよ。逆光で顔は見えなかったけど、声はちゃんと覚えてたんだ」


先輩は私をたやすく抱き寄せて、耳に唇を触れた。不意に痛みが走る。


「いやっ……」


先輩の胸を思いきり突き飛ばしたけど、腕は固く握られたまま。


「そう、この声。間違いないだろ?」


誇らしげな口調で言った先輩は、腕を強く手繰り寄せた。



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