君の知らない空
「おはよう、橙子ちゃん」
にこりと柔らかな笑みを見せたのは、周さんだった。
てっきり、彼だと思ってたのに。
アテが外れたと、はっきりと顔に出てしまったのだろう。周さんが、
「なんだよ、あからさまにがっかりするなよ」
と、口を尖らせる。
不覚にも、そんな周さんの表情が少年みたいでかわいいと思ってしまった。
「彼は?」
「こっちだよ、おいで。お腹空いてるだろ? 朝食にしよう」
周さんが流暢な日本語を話しながら手招きする。違和感を覚えながらも、促されるまま部屋を出た。
部屋の真ん中に置かれたソファの背もたれに、彼の頭が覗いてる。昨夜、彼が私を座らせてくれたソファだ。
ここは以前に彼が私を助けてくれた時に、連れてきてくれた路地裏の部屋。一見すると、小さなビルのようなアパートの二階の一室。
昨夜、高架下で桂一から身を隠した後、彼はここに連れてきてくれた。
彼は上腕に切り傷を負っていたし、息苦しそうにしていた。病院へ行こうと言ったのに、大丈夫だと答えて。私をソファに座らせて、お茶を入れてくれた彼は隣に座って……それから?
彼が隣に座っていたことは覚えてるのに、それからのことが思い出せない。いつの間に、眠ってしまったのだろう。
「ほら、早く座りなよ」
周さんが指差したのは、彼の隣。
ためらっていたら、ぐいと腕を掴まれて強引に座らされた。
「おはよう」
彼がふわりと微笑んだ。
眩しい……
彼の向こう側の窓の外、日差しをいっぱい浴びた洗濯物と思われるシャツやタオルに紛れて、見覚えのあるブラウスが翻っている。
「あっ、私のブラウス!」
思わず、声が裏返った。