君の知らない空



とりあえず、ほっとした。


そこに知花さんはいなくて、アイスクリーム屋さんにはショーケースを覗き込むお客さんの姿が数人ほど見える。ショーケースの裏側に見え隠れする知花さんは、アイスクリームのカップを持ってレジへと足早に向かう。


忙しそうで、こっちを見てる余裕なんてなさそうだ。


周りのテーブルの高校生たちも、自分たちの世界にすっかり入り込んでいて、私たちに気づく様子もない。


警戒心を露わにして周りを見回す私の行動がおかしかったのか、彼がくすっと笑った。


「大丈夫だよ、やっぱり、いとこはまずかったかな?」

「うん、まずいと思う。いとこはキスなんてしないと思う」


キスって言葉を口にしたら、恥ずかしさが蘇ってきた。顎に手を添えて真剣な表情の彼が、考え込む素振りをしながら微笑む。


「あ……一応、眼鏡と帽子はつけてた方がいいんじゃない?」


ますます恥ずかしくなって、彼の頭にキャップを置いた。


「橙子はすぐに赤くなるね」


キャップを被り直しながら彼が言う。キャップの下から覗いた髪が、ぴんと跳ねてる。気になって手を伸ばすと、彼が頭を傾けてくれた。


見た目通りの柔らかな髪。なかなか直らなくて何度も指を絡ませる。やっと直った、と思ったら彼の顔がすぐ目の前に迫ってる。


慌てて後退る私の後頭部を彼の手が押さえて、ぐいと引き寄せる。彼がテーブルに身を乗り出して、唇に軽く触れた。目を閉じる間もなくて、ドキドキしてる。


椅子の背にもたれかかった彼は、してやったりな笑顔。


だけど、私には聴こえた。身を乗り出した彼の口から漏れた声。息を詰まらせたように聴こえた声は、確かに痛みに耐えていた。




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