君の知らない空


携帯電話の画面に映る『桂一』の名前を見つめたまま、私は動けなくなっていた。携帯電話を固く握り締めて、早く諦めて切ってほしいと願いながら。


まだ桂一から届いたメールを確認できていないし、今の私にはまともに話すことなんて絶対にできない。


ごめんなさい……


いつしか私は、心の中で繰り返し謝っていた。


やがて、携帯電話を握り締めていた手の震えが止まった。


桂一は諦めてくれたんだ。
ほっとしているはずなのに、何か違う。安堵と喪失感の入り混じった不可解な気持ちが、胸の中で渦巻いている。


動かなくなった携帯電話を覗いたら、再びぶるっと震えた。メールの着信、桂一からだ。


余程、私に話したいことがあったのだろうか。


亮のことかもしれない。
霞駅で、私の隣に亮が居たことに気づいていたのかもしれない。もし亮の事を聞かれたら、何と答えればいいのだろう。


不安を抑えようと何度も深く息を吐く。届いたばかりのメールを開こうと決意して。ただひとつボタンを押すだけなのに、こんなにも胸が痛いなんて。


『明日はいつも通り迎えに行くから。足が完治するまでは送迎させてほしい』


桂一からのメールは簡単な内容だった。
他のメールも確認したけど、すべて同じ内容。届いた時間は霞駅で会った時の前後だったけど、あの時のことには一切触れていない。


きっと桂一のことだから、あえて触れていないのかもしれない。


明日、どんな顔をして会えばいいんだろう。顔を見た瞬間に問いただすようなことはしないだろうけど、何て答えればいい?


でも、断った方が余計に怪しまれるのかもしれない。散々迷った挙句、『ありがとう』と返信した。


いつかは話さなければならないのだと、何度も言い聞かせて。



< 335 / 390 >

この作品をシェア

pagetop