キウイの朝オレンジの夜


 いきなり伸びてきた右手が、するりとあたしの後頭部に回る。左手で顎をつかまれて、視線を固定させられた。

 展開に驚いているあたしにまた顔を近づけてじっと見詰め、真面目な顔の稲葉さんは言った。

「朝礼夕礼は顔を上げろ。話をするときは目を見ろ。呼んだら来い。避けるな、俯くな、会話から逃げるな。返事は、はい、だ」

 稲葉さんの、少し明るい茶色の瞳にあたしがうつっている。

 触れられた右頬から顎にかけて、肌が熱を持ち始める。

「・・・はい」


 あたしの返事を聞いて、稲葉さんはゆっくりとあたしを離す。垂れ目を優しく和らげて綺麗な笑顔を見せた。

「判ればいい。――――――さて、アポの場所を教えてくれ。そろそろ行った方がいいだろ?」

 あたしはフラフラと約束相手の会社の住所を書いた紙を支部長に手渡す。稲葉さんはそれを見て頷き、ベルトをつけて車を発車させる。

 ぼーっとしていた。近づいては離れていくのを何回かされたせいで、あたしの脳みそは開店休業状態だった。


 ・・・近かった・・・。

 すんごーい、素敵だった・・・。


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