*NOBILE*  -Fahrenheit side UCHIYAMA story-




柏木様の今日のお召し物は、


上品なシルエットの白いシャツを僅かに光沢のあるベージュのスカートにインして、首元に茶色をベースにしたスカーフが巻かれていた。





いい女だ―――




と思わず思ってしまうほど、上品で洗練された格好だった。


そう、私の好みは2202室のタカギ様奥様でもなく、3301室のタナカ様でもない。



柏木様のような―――……



柏木様が歩くと茶色いブーツのピンヒールが床を打ったが、その音が止み柏木様はふっと顔を上げた。


しまった…


私としたことが、必要以上に立ち入ってはいけないと言ったばかりなのに。


だが柏木様は気にした様子を見せずに、


「おはようございます、ウチヤマさん。寝坊をしてしまいまして。お恥ずかしい限りです」と短く答えてくれた。


恥ずかしい、と言ったがその顔は無表情。


ちっとも恥ずかしいと思ってないだろ、柏木。


…と、またも一瞬素が出て突っ込みそうになってしまったが私は慌てて顔を作った。


「お急ぎでしたらタクシーを呼びましょうか」


「いいえ、大丈夫です。車で行こうかと思いますので」


柏木様は車のキーを掲げて、コーチエントランスに続くエレベーターホールに向かう。


だけどその足をふっと止めて、髪をなびかせて振り向き、


「お気遣いありがとうございます。ウチヤマさん」


彼女は小さく会釈をすると、今度こそエレベーターの方へ向かった。






『ありがとうございます』






なんて言われたのは久しぶりだ。


またも私の心が温かくなった。




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