Secret Lover's Night 【連載版】
予想外に早くぐずぐずを切り上げた千彩が、潔くパッと吉村の手を取る。それを止めて引き戻したくなったのは、晴人で。思わず手が伸びかけ、慌ててギュッと拳を握ることで何とか抑えた。

「これ、俺の実家の住所です。取り敢えずはここに住むんで渡しときます」
「はい。ありがとうございます」

携帯番号を貰った時と同じ乱雑な字の並びを、晴人はただただじっと見つめる。そんな晴人の様子を少し気にしながら、千彩は首を傾げた。

「じっか?どこ?」
「じーちゃまとばーちゃまのおる家や」
「えー!ちさばーちゃま怖い…」
「ちょっとだけやから。すぐ二人で暮らせるようにするがな」
「んー…」

この文字の並びは見覚えがある…と、ぼんやりとそんなことを思う。そして、再度それを文字として認識するように、脳を叩き起こした。

「あ…」
「どないしはりました?ハルさん」
「吉村さん。新しく借りる家もこの近くにするおつもりですか?」
「え?あぁ、そのつもりです。仕事で遅なったりするかもしれへんので、実家の近くがええんちゃうか思うて。それがどないかしましたんか?」
「ここ…うちの実家の近くです」
「えっ?そんな近くに住んではるんですか?どこです?」
「隣町です。うわ…びっくりした」
「ホンマえらい偶然ですなぁ」
「もし隣町でもええなら、僕の親に話しておきますけど…」
「え?」
「うちの父、不動産屋なんです。すぐ手配出来ると思います」
「それはええこと聞いた!ほな是非お願いします!」

確かに親に頼めばすぐに手配は出来るだろうけれど、そうするにはきちんと事情を説明しなければならない。「お願いします」「了承しました」で事務的に事が済む人物でないことは、息子である自分が一番よくわかっている。

これはいよいよ年貢納め時かもしれない。と、晴人はゆっくりと言葉を押し出した。

「吉村さん、あの…」
「はい?」
「ちょっと…これから仕事が詰まってるんですぐには無理なんですけど…」
「いやいや。そない急ぎませんのでハルさんの都合のええ時でええですよ」
「いや、そうではなくて…お盆…そう、お盆くらいに僕そっち行きますんで、その時に千彩を二、三日連れて行っても良いですか?」
「そりゃええですけど…どこに?」

一度深呼吸をし、未だ躊躇う想いを叱咤する。この先千彩を手放す気は無いのだろう?と。
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