Secret Lover's Night 【連載版】
恵介から連絡を受け、晴人は慌てて事務所を飛び出した。電話に出なかったことをもっと怪しむべきだったとか、やはりマリの撮影は日延べにして帰るべきだったとか、後悔ばかりが頭と胸を埋め尽くす。

アクセルはいつもより強めに、ハンドルはいつもより乱暴に。そうして数十分の道のりを経て、マンションの駐車場に車を停めて一気に自宅を目指す。


「恵介っ!」


乱暴に扉を開くと、放心状態の恵介が玄関フロアにペタリと座り込んだまま出迎えてくれた。靴を放り投げるように脱ぎ、千彩の名を呼びながら部屋中くまなく探す。

けれど、どこにもその愛しい姿はなかった。

置き去りにされた親友と、出かける時には必ず持つように言い付けてあるはずの携帯。そして、恵介が選びに選び抜いてプレゼントしたカメリア柄の財布。リビングに残されたそれに、晴人の不安が煽られる。

「一応…見たんや。何かなくなってるもんないかって」
「何が無いんや。カメラか?アクセか?通帳か?」
「ちーちゃん…だけ」
「何でや!」

怒りをぶつけたとて、恵介に千彩の居場所がわかるはずはない。それは晴人も十分わかっているのだけれど。


「ちぃ・・・」


本来暖かさと共に柔らかな気分を運んで来てくれるはずの春の風が、今は重苦しさと不安を運んで来る。そんな風を押し返すように、頭を抱えて蹲った晴人の肩を抱き、一度大きく息を吸い込んで恵介は言った。


「大丈夫や。心配要らん」


何の根拠も無い言葉だけれど、晴人にとって恵介から贈られるその言葉は魔法の呪文で。小さく頷き、晴人も涙を拭って顔を上げる。

「もしかしたらどっかで迷子になってるんかもしれん。お前はここで待ってて」
「恵介…」
「俺、ちょっとその辺見てくる。暗くなったらちーちゃん怖がるやろし」

くしゃくしゃと頭を撫でられ、晴人は小さく頷く。

怖がりの千彩は、夕日が沈むと家中の照明を全て点けて晴人の帰りを待っている。自主的に出かけたのだとすれば、きっと夕日が沈むまでには戻って来るはずだ。

そう自分に言い聞かせ、晴人は小さく肩を震わせて出て行く恵介の後ろ姿を見送った。
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