Secret Lover's Night 【連載版】
千彩がいなくなった司馬家では、時雨他使用人が大広間に集まり、この屋敷の主人である渚に揃って跪いていた。

「申し訳ございません、旦那様」
「申し訳ございません」

ここから逃がすな。何もそう指示されたわけではない。けれど、「誰にも見つからないようにここへ連れて来い」と命じられたわけで。それ即ち、誘拐と監禁。連れ去ってきた女をおいそれと逃がすわけにはいかなかった。失態、というやつだ。

「すぐに探して連れ戻して参ります」

腰をきっちりと90度に曲げて頭を下げる時雨を、下げられている側の渚が笑う。

「そっか。逃げちゃったか」
「申し訳ございません。警備の者は厳しく処分しておきますので」
「いいよ、そんなことしなくても。残念だな。似てると思ったのに」

飾り棚に並べられた、いくつもの写真立て。その中にその少女の姿はあった。

「よくわかったよ。僕は独りだ」
「旦那様…」
「悪かったね、時雨。無茶させちゃって」
「とんでもございません」
「警察が来たら正直に話していいから。変に僕を庇おうとしないで」
「…畏まりました」

渋々返事をした時雨に、渚は一つの写真立てを差し出した。

「似てただろ?翠に」
「ええ。とても」

渚と並んで写る一人の少女。千彩の幼少時代を思わせるその姿に、時雨はうっと涙を堪えた。

「この家に生まれなけりゃ、翠は死なずに済んだのに」
「旦那様…」
「まぁ、今更言っても仕方ないけどね」

コトンと写真立てを置き、渚は微笑む。

今にも消えてなくなりそうなほど儚げな笑みに、時雨はギュッと拳を握り締めた。
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