Secret Lover's Night 【連載版】
「俺の娘やって知っとって連れて行ったんか」
「知ってるわけないだろ。知ってたら結婚してるのだって知ってるよ」
「せやったら余計にあかん!」
「何だよ、それ。てか…痛いよ」
「それで済ましたろ言うとるんや」
「は?沈めるとか言ってたじゃないか」

殴られて床に寝た状態でも、渚はどこか強気で。そんな投げ遣りな態度が、晴人には酷く寂しく見えた。

「言うたやろ。墨入れも済ましとらんガキの相手するほど下っ端やないんや」
「何だよ、それ。バカにしてんじゃん」
「バカにされとぉなかったら気合入れてかかってこんかい」
「ふんっ。ヤクザになんかならないよ。親父がヤクザだったから母さんも翠も死んだんだよ!」
「そのヤクザの稼いだ金で生活しとるんは誰や。甘ったれたことぬかすな!」

どこからどう見ても自立して生計を立てているようには見えない渚が、そう言われて反論出来ないのは当然のことで。グッと表情を歪めながら悔しそうに唇を噛む渚の腕を掴み、強制的に起き上がらせて吉村は晴人の前に膝をつかせた。

「詫び入れんかい」
「…ヤダよ」
「入れんかい!」

吉村の怒鳴り声が、大きな広間に響く。手を出していてもおかしくないはずの時雨は、意外にも大人しく立ったままだった。

「千彩は俺の宝物や。それをこの人が大事に守ってくれとる。どれだけ心配さしたと思うとるんや」
「そんなの知らないよ」
「知らんちゃうやろが!殺ってもうたんやったらまだしも、あんな小娘に逃げられよって!恥ずかしいと思わんのかい!」

おいおい。と、さすがに晴人も口に出した。

そんな最悪の事態、起こってなるものか。それを考えて何時間も俯いていたのだ。無事に戻った今、そんなことは考えたくもない。

「しっかり詫びて反省せぇ!」
「煩いな…もう」
「何やその態度は!」

渚の腕を掴みながら叱りつける吉村は、まるで父親のようで。そんな光景を前に、晴人は大きく息を吐いて立ち上がった。

「吉村さん、後任せていいですか?」
「え?ハルさん?」
「俺、仕事あるんで行きます」
「いや、でも、まだ詫びが…」
「いいです、いいです。後は吉村さんに任せますんで」

でも…と引き止めようとする吉村に笑顔で応え、晴人は跪く渚の前に腰を下ろして目線を合わせた。

「寂しいから誘拐とか、もうすんなよ」
「別に…寂しいからしたわけじゃないし」
「お前の妹が何で死んだんか知らんけど、親の残してくれた財産で生活しとるんやろ?それが嫌なんやったら自分で働いて生活せぇや。結構大変なんやぞ」
「…煩い」
「誰に向うてモノぬかしとるんじゃ!」
「いてっ!いってーな!」

ゴンッと拳骨が降ってきたと同時に、渚から抗議の言葉が出される。けれど、そんなものは相手にされない。

それを鼻で笑い、千彩へ…と渡された花束を手に晴人は再び立ち上がった。
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