Secret Lover's Night 【連載版】
「そういやあのモデル…」

話を元に戻すぞ。そんな宣言のつもりだった。置かれたままの缶にコンッと自分の缶をぶつけ、晴人は視線を斜め上に向けて缶を傾ける。

「もう仕事出来んかもな」
「…は?」
「メーシーを怒らせたんや。怖かったぞー。お前が見てたら確実に泣いてたな」
「そんなんで泣くか!」

ニヤニヤと笑う晴人を見て、恵介も諦めた。これ以上話すべきではない。玲子との別れは、晴人にとっては言わば大きな傷。そこに不作法に土足で踏み込めるほど、恵介は薄情ではなかった。

「何があったん?」
「ん?あのモデルがマリをバカにしたんや。何様やねん!みたいに言うてな」
「うわー…」
「何様って、MARI様に決まっとるやないか。なぁ?」

青山の女王どころか、JAGの女王。カメラマン、ヘアメイク、スタイリスト…誰もがこぞってマリの指名を受けようと必死になった。彼女につくアーティストは、JAGの中でもトップクラスと認められたアーティストだけ。逆に言えば、「マリからの指名=トップアーティスト」と位置付けられるのだ。

「マリちゃんって…めっちゃ自信家よな」
「まぁ…あんだけの見てくれしとったらな」

ほぅ…と感嘆の息を吐く恵介を、晴人は笑う。お前はホンマに何もわかってないな、と。

「マリのあれは、メーシーのせいやぞ」
「え?」
「誰が何と言おうと、メーシーは絶対にマリを受け入れる。それを知っとるからあんなことが出来んねん。悪い女や」
「悪い女って…」
「まぁ、それに惚れたんは俺らやけどな」

一目見た瞬間、手に入れたいと思った。そんな衝撃はマリが初めてで。女としてよりも、モデルとしてが先だった。こんな芸術的なモデルは唯一無二だ。そう確信した時には、既に惚れていたのだと思う。

勿論、フォトアーティストとして。

「ええ女やったなぁ」
「ちょ…せーと」
「あいつ、モデル復帰せんかな?」
「さぁ。それはどうやろ。子供生まれたばっかやし、さすがにすぐには無理なんちゃう?」
「もったいないわー、ホンマ」

マリの引退を誰よりも惜しんだのは、実のところ晴人だった。こんなに芸術的なモデルにはもう出会えない。そう思えば思うほど、マリの引退が悔やまれる。

「俺も引退しよかな」
「えぇっ!?」
「冗談や、じょーだん」
「やめてや。寿命縮んだわ」

ふぅっと大きく息を吐いて安堵する恵介には、とても「半分本気だ」とは言えなかった。この場にメーシーが居なかったことを有難く思いながら、男二人の夜は更ける。
< 361 / 386 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop