Secret Lover's Night 【連載版】
「どない?嫌いな男にキスされた気分は」
「あのっ…」
「もっと嫌いやって言うてくれてええで。その方が燃える」
「えっ…?はるっ?」

千彩には少し刺激が強いかもしれない。そう思いながらもソファに押し倒し、戸惑う千彩見据えた。

「どないしたん?嫌やったら叫びや。今やったら恵介が飛んで来てくれるで」
「はる…怖い」
「もう嫌われとるんやろ?せやったら怖くてええわ」
「いや…イヤ!」
「もっと大きな声出さな恵介起きへんで」

そう言いながらも唇を重ねるのだから、心底意地が悪い。これが大人の男だ。そう言ってしまえばそれまでなのだけれど。

「はる…いや…怖いのイヤ」
「別に怖いことしてへんやん。痛いこともしてへん。色々してほしい言うたんはちぃやろ?」
「はる…怖い」
「ほな、どないせえ言うねん」

今にも泣き出しそうな猫目に唇を寄せ、そっと手の平を合わせて指を絡める。そして耳元で囁いたのは、最上級の愛の言葉。


「千彩に嫌われたら生きていけんわ。信じてや。お願いやから」


どんなに「イイ女」を抱いたとて、こんなに重みのある「愛」は口にしたことが無い。懸命に口説き落としたマリにでさえ、そんな重い愛は誓わなかった。もし誓っていたら…と考えると、すぐさま思い浮かぶのはメーシーのあの笑顔。恐ろしい!と、思わず身震いもしたくなる。

「はる…あのね?」
「ん?」

指を絡めたまま千彩の体を抱き起こし、ソファの上で向かい合う。恵介がいなければ…とは思わなくもないけれど、晴人には心に決めていることがあった。それだけは、どうしても譲れないのだ。

「嫌いって言って…ごめんね」
「ホンマは好き?」
「うん。好き。大好き」
「俺もごめん。昨日は嫌な思いさせて」

漸く謝罪が出来た。それだけでも価値はあったかもしれない。まぁ、渚がくだらないことを吹き込んでさえいなければ、こんな風に千彩を追い詰めることもなかったのだけれど。

「昨日の女の人…」
「あれはモデルさん」
「一緒にお仕事するん?」
「あー…多分もうせんと思う」

あんな風に言われてもまだ自分達と仕事をしようと思うモデルならば、こっちから願って撮ってやっても良い。それならば、マリの後継者候補くらいには考えてやらなくもない。けれど、残念ながらそれは無理と言うものだ。何せ、「あの」メーシーを怒らせたのだ。笑顔で詰め寄られる時の恐怖は、晴人もよく知っている。

「ちさが…叩いてしまったから?」

そんなことが起こっていたなどということは微塵も知らない千彩は、自分のせいだ…とシュンと肩を落とす。それがやけに愛らしく見えて。ちゅっと額に口付け、次の言葉を待った。

「ちさ…はるのこと取られると思って…」
「それであんなんしたん?」
「だって…ちさの晴人…」

この2年弱の間で、随分と抑え込めるようになってきた欲望。負けそうになってしまうのは、いつだってこんな不意を突かれた瞬間だった。

「可愛いなぁ、お前は」
「はる…ちさのこと好き?」
「好きやで」
「大好き?」
「大好きや。愛してる」

よくもまぁ…こんな恥ずかしいセリフを真顔で言えたものだ。と、晴人自身も思う。けれど、真っ直ぐに自分を見つめる千彩の瞳に嘘は無い。だからこそ、余すことなく真っ直ぐに受け止めてやりたい。そう思う。

「心配せんでええから。俺は千彩の晴人なんやから」
「うん」
「結婚してからな」
「え?」
「結婚したら、色々教えたる。せやから、それまで待って。な?」
「うん。わかった」

純粋に晴人だけを想う千彩は、いつだって素直に頷く。そこにどんな悪意があろうときっと頷いてしまうのだから、晴人の責任は重大だ。

「よし。じゃあメシにしよ。恵介、メシやぞ」

誰もいないはずの扉に向かって話しかける晴人に、千彩は「ん?」と首を傾げてそこへペタペタと歩み寄った。

「あっ!けーちゃん!」
「あー…おはよ、ちーちゃん」
「おはよー!なぎがね、昨日はごめんねって」

気まずそうに逸らした視線は、あろうことか晴人のそれとぶつかってしまって。小さく「ごめん…」と呟いた恵介に、晴人はあははっと笑って返した。

「メシや、メシ。腹減った」
「あぁ…うん」
「ちぃ、恵介に服選んでもろておいで」
「どっか行くの?」
「3人でナギん家行こか」
「うん!」

やったー!と恵介の手を取ってはしゃぐ千彩の背を見送り、晴人はギュッと拳を握り締める。


「あのガキにはちょっと…お仕置きが必要やな」


低く呟かれたその言葉は、到底アラサーが未成年に吐く言葉とは思えない。ガキじゃねーんだから。とツッコミ担当のはずのメーシーは、せっかくの休日だというのに早朝から子守で大忙しだ。
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