Secret Lover's Night 【連載版】
大きな屋敷の前に車を停めると、ご丁寧に時雨が門まで迎えに出てくれた。

本当に、出来た使用人だと思う。あんなに我がまま放題の坊ちゃんに仕えて、辞めてやる!と思ったことはないのだろうか。まぁ、尋ねたところで「愚問です」と言われるのは安易に予想出来るので、晴人は尋ねずに軽く頭を下げるだけに留めたけれど。

「おはよー、しぐれ!」
「おはようございます、千彩様」

常に無表情を決め込んでいる時雨も、千彩の前では表情が柔らかくなる。それが無意識だと言うのだから、千彩の天性の能力なのだろうか。危ない子…と小さく呟いた晴人の肩に、ポンッと恵介の手が乗った。

「あんま…やり過ぎんようにな?」
「ん?何のことかわからんな」

とぼけたとて、長年親友というポジションにいる恵介にはお見通しで。やれやれ…と、今度は恵介が肩を竦める羽目になった。

「あっ!晴人!コノヤロー!」
「何や、何や。朝から気分の悪い坊ちゃんやな」
「うぜー!マジうぜー!」

再会早々突っかかってくる渚を片手を差し出して止め、ふんっと鼻で笑う。大人の余裕、と言うよりも、少し年の離れた兄弟ゲンカのように見える。

「メイジどこ行った!」
「ん?メーシーは家で女王様のお相手」
「くっそー…あいつのせいで酷い目に遭った!」
「と、言いますと?」

わかっているのだけれど、敢えて尋ねる。事情を知らない恵介への説明の意味もあるけれど、晴人流の渚への「お仕置き」だ。

「あの女!」
「ほぉ…食ったんか?」
「あんな色気の欠片も無い女食うか!」
「食わず嫌いはあかんぞー、坊ちゃん」
「じゃあ晴人は、あんな凹凸の無い女と何か出来るって言うのかよ」
「コラコラ。言葉を慎みなさい、言葉を。マリに聞こえるぞ」

チラリと携帯を覗かせると、渚が「げっ!」と後ずさる。勿論、通話状態になどなってはいない。けれど、恵介や悠真と張るほどに「単純バカ」な渚は、後ずさりながらも恐る恐る晴人の携帯を覗き見ようと首を伸ばした。

「バーカ」
「え…?あー!」
「バーカ、バーカ」

大人気ない…と、そっと背中を押して千彩をソファに促しながら恵介が呟く。そんな声は、二人には届いてはいなかった。

「何だよ!この浮気男!」
「浮気なんかしとらへんわ。俺は千彩一筋や!」
「うっせー!うぜー!ウザ晴人!ロリコン!」
「ハイハイ。何とでも言えや。お前に千彩はやらん!」

何度かここへ足を運ぶうちに、こうして子供みたいな言い合いをするようになった。まさしく兄弟。けれど、本物の弟である智人への態度とは随分と違う。

「ねー、けーちゃん。はるとなぎ、何か楽しそうやね」
「せやなー」

いがみ合う二人を横目に見ながら、時雨が運んでくれたプリンを頬張る千彩。そして、高級カップに注がれたオリジナルブレンドのコーヒーを堪能する恵介。明らかに二人の間の空気とは違う空気が流れていた。

「はるが楽しいなら、ちさも楽しい!」
「ちーちゃんはホンマにええ子やな」
「えへへー」

口の端にホイップを付けながら照れる千彩。癒しだ。と、心底思う。だから、昨日晴人に言いかけた玲子のことは、このまま鍵を掛けてしまっておこう。そう決めた。
< 364 / 386 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop