Secret Lover's Night 【連載版】
ご機嫌に帰って行くメーシーに早く寝ろと促され、片付けを恵介に任せてベッドルームへと続くガラス扉を引いた。

照明が完全に落とされたその部屋には、カーテンの隙間から洩れる月明かりが一筋だけ差し込んでいて。姿は見えないものの、スヤスヤと千彩の寝息が聞こえてくる。


「ちぃー?」


壁にペタリと身を寄せて眠る千彩は、ぬいぐるみを抱いて完全に晴人に背を向けてしまっている。ゆっくりとベッドに上がると、低反発のマットレスに体が沈み込む気がした。


「うわぁ…酔ってるわ」


人間という生き物は、ある程度の量のアルコールを摂取すると、自制心が利かなくなってくる生き物で。何につけてもそうなのだけれど、こと理性に関しては、酔っ払った男が保つのは至難の業だろうと思う。

チラリと扉を見遣り、躊躇う。あんな会話をしたところだ。今更、恵介に「代わってくれ」と言い出し難いのも事実。

肘を付いて上体を起こした状態で千彩を見下ろし、燻る火種を掻き消そうとふぅっと息を吐くと、背を向けていた千彩がゆっくりと反応した。

「は…る?」
「ん?おぉ」
「一緒に…寝る?」
「おぉ。せやな」

歯切れの悪い返事に、寝ぼけ眼の千彩がゴシゴシと瞼を擦る。それをそっと止め、晴人は指先で千彩の頬を撫ぜた。

「目、擦ったあかんで?」
「はる」
「ん?」
「だっこ」

左手をうんと伸ばしてシャツを掴む千彩に、思わず晴人が零したのは苦笑いで。躊躇いながらも、そんな可愛い願いを叶えてやりたいと思うのが男だ。

「俺、酒臭いで?」
「いい。だっこ」
「んー…」
「はるぅ」

キラキラと潤んで行く千彩の瞳が暗がりでもハッキリと見え、これはヤバい…と、伸ばしかけた腕を引く。

けれど、千彩にはそんなことはお構い無しだ。


「はる…大好き」


抱いていたぬいぐるみを脇に置き、今度は晴人の腰に絡み付く。悪意が無いだけに突っ撥ねることも出来ず、晴人は欲望に呑み込まれそうになる自分を保とうと必死だった。

「ちぃ、ちょっと…今はあかんわ」
「なんで?はる、ちさ嫌いになったん?」
「ちゃうよ。ちゃうんやけど…」

どう説明したら良いものか…と、アルコールで回転が鈍くなった頭を悩ませる。流されることは簡単なのだけれど、そうしてしまうにはアラサーのくだらないプライドが邪魔をする。

「ちさ、けーちゃん家の子になった方がいい?」
「は?けーちゃん家?」
「けーちゃんが、けーちゃん家で暮らしてもいいよって言ってた。でもちさ、はると一緒に居たい…」

縋るように見上げられ、とうとう晴人の忍耐力が尽きた。
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