君と杯を交わそう ~契約婚から築く愛~
それから毎日、真司が作ったお弁当を持って会社へと向かう。 時々、早く出ていく真司の気遣いなのだろうが、杏莉は、真司ばかりにお弁当を作って貰って良いのだろうかと、考えてしまう。
だからこそ、晩御飯は精一杯手の込んだ料理を作るけれど、担任も持っていて、部活の顧問もしている真司の帰りが遅くなるのは、明白であった。

「ただいま」
「お帰りなさい。真司さん」
「ご飯、いつもありがとうね。杏莉」
「いえ。それより、真司さん。先ほどこんな物が送られてきたのですが…」

そう言って杏莉が見せた段ボールは、教頭から送られて来たものだ。

中身は、沢山の野菜と一枚の手紙。

「何て書いてあるんですか?」
「見て良いよ。何となく分かるし」

そう言って、手紙を杏莉に渡す。

【結婚、おめでとう。西森先生
お祝いの品として、私が作った野菜達を送ろうと思う。
近い内に、家内と悠華と遊びに行くつもりだ。
奥さんと会うのを楽しみにしているよ】

「教頭先生がいらっしゃるんですか?」
「新婚の家とか新しく来た教師の家に来るんだよ。本当に結婚してるか、チェックしにだろうけど」
「そうなんですか。婚姻届だけでは、信用されないって言ってましたもんね。本当だったんだ、あれ」

真司を疑うつもりではないが、そんなことに意味があるとは思えない。甘い結婚生活が出来る人ばかりではないのだ。
杏莉自身、甘い結婚生活は苦手だと思っている。だからこそ、真司とは普通の家族みたいな会話しか出来ない。

「入ったばかりの時は俺も信じてなかったけどね。周りの教師の家に行ったって言う話を何度も聞いて、数回だけだけど、その現場を見てるんだ」
「現場って、教頭先生がご自宅に訪問してい所ですか?」
「もちろん。初めて見た時は驚いたよ。でも、そのルール、気にしているのは教頭だけなんだ。校長も理事長も気にしていないんだ」
「そうなんですか?何故ですか?」
「俺の予想でしかないんだけど、校長と理事長は、ずっと前からこのルールを知ってて、このルールに疑問を感じてたみたいなんだ。逆に教頭は、このルールがあることで生徒が教師を好きになることは殆ど…いや、ないと思っているんだ」
「人を好きになるのに、理由も規制も関係ないと思いますけど。ただ、その人を好きだと確信したくない人はたくさんいるんですよね」
「そう。それが恋だとね」

杏莉が自分自身に言い聞かせているとは、真司は思っていない。真司に特別な感情を持つことに杏莉は不安を感じているのだ。永遠に続くはずがないと、思っているからこそ。
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