シャクジの森で〜番外編〜
王子妃となった今、サルマン事件時の比ではない対応がなされるだろう。

心底安堵しながら止まらないシンディの話に相槌を打っていれば、ノック音が部屋の中に響いた。

外は既に暗く二つ月が輝き、城内の空気がピリリとし始めている。


―――アランの、帰城だ―――



「シンディ、一緒に行くかい?」

「え!いいの!?」



ぱぁっと輝いた顔に頷いて見せると、髪とメイクが気になったのか、ね、お兄様、鏡はないの?とそわそわとし始めた。

何処も直さなくともそのままで十分に綺麗だよ、そう言いながらやんわりと背中を押して廊下まで出し、腕を引いて玄関まで誘導していく。

久しぶりにアランに会うのだ、かなり緊張しているだろう。

歩みが少しぎこちなく、波打つ心臓の音が聞こえてきそうだ。


玄関まで降りていけば、居並ぶ出迎えの者たちの前に、楚々と立つエミリーの姿があった。

月明かりの中に佇む身体の周りには、柔らかなオーラがほんわりと漂い、煌くアメジストの瞳は城門の方角を注視している。

シンディをウォルターの隣に立たせ、エミリーの横に並ぶと、シリウスが後ろに下がっていった。


「―――エミリーも、出迎えかい?」

「そうなの。知らせてくださいっておねがいしてあったの。あ、そうそう、パトリックさん。馬車の準備ありがとうございました。サリーさんは無事家に帰られたわ」

「それは良かった。・・・彼女は、素直に馬車に乗ったかい?」



そう尋ねると、瞳を更に輝かせ、月明かりに艶めく唇を、す・・と隠してクスクスと笑った。



「えぇ、それがとても可笑しいの。馬車を見たとたんに“やっぱり歩いて帰るよ”なんて言って、どんどん後ろに下がっていってしまったの。だから、わたしが背中を押して乗せてあげたわ。ほんとうに、可愛いお方・・パトリックさんも、そう思うでしょう?」

「―――あぁ・・そうだね」


楽しそうに笑う君は本当に愛らしく、謀らずもぴくんと動いていった腕を制し背後に隠す。


――そうではない。サリーは面白い女性であり、可愛いのは君の方だよ――


そう言って肩を抱きたくなるのをぐっと堪え、微笑みながら同意しておく。

何より今は、この怪我を彼女に知られてはならないのだ。


やがて、がらがらと車輪が轍を踏む音が聞こえ始め、先頭の馬が顔を出した。

黒塗りの馬車がゆるゆると広場に停まると、アランが静かに降り立ち駆け寄ったジェフに指示をした後、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

厳しい表情がみるみる柔らかくなってくのは、彼女が隣にいるからだな。



「アラン様、おつかれさまです」
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