泣き顔の白猫
「十年以内って……。五年でも十年でも、私にはどっちでもいいですよ。だってどっちにしろ刑務所入ったことに変わりないし」
自虐混じりの、かすかな嘲笑。
人なんか信じていないのだと、言っているようだった。
いや――もしかしたら、自分のことさえ。
「刑務所入ってる間に、母が死んだんです。お母さんずっと、名波のこと、信じてるからねって言ってた……」
その瞬間、はじめて名波の声が揺れた。
唯一信じてくれていた母親の死。
それは彼女にとって、本当の意味で一人ぼっちになったような気がしただろう。
「出て来たの、今年の春なんですよ。まだ二ヶ月ちょっとしか経ってないんです。ついこの間まで、私、刑務所にいたんです」
ふと、独白のようだった名波の言葉が、加原に向けられたものになる。
ぎこちなく肩を揺らして、加原は後ろを見た。
名波は、振り向かない。
なにか言うべきか、と、加原は迷った。
マスターはそのことを知っているのか、聞いてどうする。
安本を覚えているかなんて、今この雰囲気で口にするほど、空気の読めない男ではないつもりだ。
「……俺、」
結局ほとんど何も考えずに、加原は口だけを先に開いた。
名波が身動ぎしたのが、気配でわかる。
「俺……は、信じるよ」
出てきたのは、あまりにも陳腐な台詞だった。
「名波ちゃんの話。やってないって信じてる」
もう少し気の利いたことでも言えばよかったのに。
静かな声色を保てただけ、まだましだ。
これで声まで固くなっていたら、格好悪いことこの上ない。
それでもそれは、加原の心からの言葉だった。
名波は、そんなことで人を殺すような人間じゃない。
心からそう思ったのだ。