平穏な愛の落ち着く場所

『大丈夫?!顔色が良くないわ』

携帯電話を出そうとする隣の夏音さんの手を
ぎゅっと押さえた。

『さっき、言われた事だけど……』

『え?』

『どうして崇さんじゃダメ?って』

『ごめんなさい!!
 私、余計な事言ってしまったわね』

慌てる彼女に弱々しく笑いかける。

『いいの、違うのよ。私ね、ずっと
 ダメなのは自分だと思っていたの、うん
 実際はそうかもしれないのだけど……』

『どうして千紗さんがダメなの?とは
 聞かないわ』

携帯電話をカバンに戻して彼女は小さく微笑んだ。

『え?』

『だってわかるもの、私もそうだったから』

『夏音さんも?』

うんうん、て彼女は静かにうなずいて、

『蒼くんみたいな人は私なんかより他に
 お似合いの人が沢山いるって思っていたわ
 今でも時々そう思ってしまうし』

少し寂しそうな顔で私を見る。

あんな風に全身で夏音さんを愛しているって言っている蒼真さんを前にしても、そう思ってしまうの?

『でもね、その度に気づかされるの』

わかるでしょ?って夏音さんがにっこりする

『私が彼じゃなければダメだって。
 これでも私自分と必死に戦ってきたのよ』


19歳で結婚した夏音さん

その彼女の決断を素晴らしいと思った


そして……


『私は戦わずして逃げ出してしまった』


羨ましくて妬ましくなる。


『千紗さん』


穏やかで優しい声。

今 勝者の彼女の顔を見るのが辛いなんて
お門違いもいいところだけれど
きっと自分は醜い顔をしているに違いない

千紗はうつむいたまま首を振った。



『また逃げるの?』


ハッと顔を上げると、そこにあったのは
勝者の笑みではなく、厳しい顔の彼女が
じっと私を見つめていた。


『…… ……』


再び抱かれた時にわかってしまった


この先、何年経とうとも

この胸の中から、

記憶の中から、

彼を愛している気持ちは消えない



…………

…………

…………


『逃げたくない……でも、』

続けようとする私を遮るように彼女が言う

『でも、の答えはもう出てるじゃない』

『え?』

『あんなに紗綾ちゃんと親密にしている
 加嶋さんが、子供を理由に尻込みしたら
 私が彼を殴って目を覚まさせてあげる』

『殴るって……』

一輪の百合の花のような、たおやかな彼女からそんな姿は想像できないけれど
もしかしたら見掛けよりずっと芯の強い女性なのかもしれない。

『それともなに?千紗さんを見るあの瞳に
 何も感じないなんて言うつもり?』


『それは……』


千紗はためらいながらも、彼女が言うことが本当だったらと切に願ってしまう。


『幸せになって欲しいの。
 蒼くんの大切な親友の加嶋さん、そして
 今日私の大切な友達になったあなたにも』



千紗の唇に微笑みが浮かんだ。


この先の人生をどうしたらいいかと不安になったけれど、その答えはそれだった。


『ありがとう』


もし当たって砕ける事になってしまっても
自分の気持ちに正直になろう


私は彼と幸せになりたい



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