ベイビー&ベイビー
「まだのつもりですけどね」
「でもそろそろ、新之助は仕事を本格的にさせたいと思っているみたいだぞ?」
「……ですね」
「なんだ。今の仕事に未練があるのか?」
「未練ではないのですが、居心地がいいのは否めませんねぇ」
「ほぉ」
心底驚いた、とばかりの目の前の九重に俺は怪訝な顔をした。
そんな俺に九重は意地の悪い笑みを浮かべた。
「お前は昔から醒めたヤツだった。こう世間を斜に構えているというか。そんなお前が居心地がいいとは。営業畑が性に合っているのかもしれないな」
「……」
「トップに立っても、営業とさほどかわらんと思うがな。相手が企業のトップに変わるだけで」
「それは大きな違いですよ。まだまだ青二才の僕には」
「よくいう。そんなことこれっぽちも考えておらんだろうに」
そういってわははと豪快に笑う九重。
幼い頃から俺のことを知っているという人間は扱いに困る。
いつもは隠している本性や気持ちなど、お見通しなのだから。
「……女、か?」
「は?」
目の前の老人の言っている意味がよくわからずに思わず間抜けな声を出してしまった。
そんな俺に対して、一癖もある爺さんはニヤリと口元を上げた。
「今の職場にお前の好きな女がいるのか?」
「まさか」
即答した。
今、俺自身恋愛などしていない。
恋愛など面倒なだけ。
それもいずれ「沢」というバックグランドが見え隠れすると、女は必死に俺の心をつなぎとめようとする。
それがめんどくさいのだ。
結局は俺自身ではなく、沢という家の大きさに目がくらむ女ども。
俺は残念ながら今までそんな女を何人も見てきた。
もう懲り懲りだ。
家が家だけに、そのうち伴侶は必要となるときが来るだろう。
そうなったら、うちの家に見合うどこぞのお嬢様と結婚すればいい。
結婚は恋愛ではない。契約だ。
ある程度の約束の上に交されるものだ。愛情などなくてもいい。
家の繁栄のことだけを考えて結婚などすればいい。
ただ、今はとにかく俺のことには構わないでほしい。
時期が来れば、嫌でも沢の重要ポストに就任し、妻も家に見合った女をどこぞから見繕ってくるだけのこと。
結婚などに夢も希望もない。
俺は目の前の九重にありえないとばかりに笑った。
「恋愛などやるだけ無駄ですから」
「……拓海」
「いずれは結婚することになるでしょうけど。家が決めた相手と契約するだけですから」
「それはお前の祖父、新之助が言っていたのか? それともお前の父親の尚也か?」
「いえ、ただ企業のトップに立つであろう人間の通る道だと思っていますから」
そう、俺が言うと目の前の九重は大きくため息を零した。