ベイビー&ベイビー
「あのな、拓海。お前の爺さんも父親も、ちゃんと好きな相手と結ばれておる。見合いではないぞ?」
「……」
「どこでそんな捻くれた考えを持つようになったのか。ワシは心配だぞ、拓海」
「心配されることなどないかと」
「仕事もそれなりに出来るようだし、企業のトップに立つということの意味もよくわかっているようだが。それだけでは人はついて来ないぞ?」
「……」
無言で何も言わない俺に、大きくため息を零す九重。
そして、何か思い当たることがあったかのようにニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「わかったぞ、拓海」
「なにが……ですか?」
「お前、今までに恋というヤツをしたことがないんだろう?」
「は…? 言っている意味がわかりませんが」
「本気の恋ってやつさ。若いのに不憫なヤツだなぁ。ろくな女と巡り合っていない証拠だな」
こりゃ気の毒に、とあからさまに馬鹿にしたように九重は俺に言う。
カチンときたが、この目の前の老人のいうことも一理あるかもなと思い口を開くことはしなかった。
開けば、それに輪をかけて屁理屈をいう九重。
まあ、それぐらい口が達者ではければ政治家なんてやっていられないと思うが。
「ワシがセッティングしてやろうか」
「は?」
思わず眉間に皺を寄せて、目の前の九重を睨む。
先ほどもいったが結婚は家同士の契約であって、今はまだ独り身を楽しんでいてもいいはずだ。
父親からはまだ身を固めろと縁談を持ってくることはないから。
それならあえて見合いなどする必要はない。
断固として遠慮する。
「まだ身を固める気はさらさらございませんので、そんな気遣いはご無用ですよ?」
余計なことをするな、と顔にしっかりと浮かばせて目の前の九重に言う。
しかし、曲者九重だ。
そんなこと百も承知で言っているのだろう。
無視を決め込んだらしく、一人でぶつぶつ言って頷いて、答えが出たようでにんまりと笑った。
「素敵なお嬢さんを紹介しようじゃないか、悲しく不憫な拓海に」
「結構です」
「そうか、そうか。わかった、楽しみにしておけ」
もう、俺の言うことなど聞く耳などないらしい。
こんな九重にはどんなことを言っても言うことなど聞かないことを嫌というほど知っている。
俺は大きくため息をつくと、目の前の九重は大きな声で笑った。