ベイビー&ベイビー




 何度目かのため息を零したときだった。
 俺の首に腕が巻きつかれたのは。


「なんだ、真理子さんか」

「あら、なにか不服でも?」


 後ろを見上げると真理子がクスクスと笑って俺に抱きついてきた。
 俺はそれをさらりと交して、ソファーに座りなおすと、真理子も何も言わずに隣に座った。


「代議士にえらく捕まっていたわね」

「ああ」

「あの九重氏にあんな口を叩けるのは、拓海ぐらいよ」

「小さい頃からの付き合いだからな。あの爺さんにはまったく頭があがらない」

「拓海がそういうなんて、よっぽどの人なのね。九重さんって」


 クスクスとおかしくてたまらないとばかりの真理子を見て、俺はフンと面白くなくてそっぽを向いた.
 そんな様子を見て、ますます笑う真理子。

 俺はそんな真理子を無視して、タバコを取り出した。


「あら、タバコ。そんなに疲れた?」

「ああ、疲労困憊だ」


 そう。
 長い付き合いの真理子は知っていることだが、俺は疲れたときだけにタバコを嗜む。
 日常は吸わなくてもいいのだが、精神的に疲れたときなどに一本だけタバコを吸う。
 俺は、ライターを取り出して火をつけ、タバコを口にした。

 ふぅ、と紫煙を吐き出して、やっと一息ついた感じがした。

 
「真理子さん」

「なあに?」

「今夜、どう?」

「うふふ、よっぽど精神的に疲れたみたいね。ストレス発散したいの?」


 そういって俺の頬を綺麗に整えられた爪をそっと沿わす真理子。
 その手をとって、手の甲に唇を押し当てようとしたときだった。

 
 さらりとその手を交す真理子。
 いつもなら、俺のなされるがまま。
 このゲームのような関係やシチュエーションを楽しむ真理子が拒むのは珍しい。

 俺は、少しだけ怪訝な顔をすると真理子は俺の背後を見て、ありえないぐらいににっこりと笑った。


「どうやら九重氏からの子猫ちゃんが到着したみたいよ?」

「は?」


 わけが分からず間近にいる真理子に目で訴えたが、面白そうにしているだけで何も言わない。

 まさか、お見合い写真ではなくすぐさま刺客を送り込んできたというのか。
 それも、こんなにすぐに。

 俺は背後を見るのがものすごく憂鬱になってきた。


「だから今日は子猫ちゃんと遊んだらどう?」

「……勘弁してくれ」


 あんな爺さんが送り込んできた女に手を出したなんてばれたら、それこそ結婚への道に突入だ。

 今は、どうこの状況を乗り切るかを必死に巡らせていると聞き覚えのある声が俺の背後からしたのだ。






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