ベイビー&ベイビー
思わず呟いてしまった声をすぐさま押し殺す。
しかし、俺のその驚きの声は後輩たちには届いていなかったらしい。
今だ、流し目王子の話題で持ちきりで俺のことなど眼中になどない。
安堵して、俺はもう一度よくその写真を見てみる。
その流し目王子と呼ばれている、木ノ下涼太郎という人物の隣にいる女性。
その女性は着物を着ていた。
そして、その着物に俺は見覚えがあった。
黒地に花や蝶の織物が施された振袖。
明日香が着ていた着物と同じもののように感じる。
明日香が着ていた着物。あれは間違いなく一点ものだ。
あれだけ見事な振袖はなかなか手にいれることは困難なことだろう。
明日香が言っていた言葉を思い出す。
とくに格式が高い家ではなく、普通の家だが、茶道のことに関するものには贅沢をしている、と。
それにはきっと着物も入っているに違いない。
俺の目利きに間違いがなければ、これはきっと明日香だ。
明日香の顔は写っていないが、木ノ下涼太郎の笑顔が甘いものに感じる。
優しげな笑みは、きっと世の中の女性を虜にしているだろう。
その笑みを、明日香一人に注いでいる。
記事をすぐさま目で追う。
---歌舞伎俳優 木ノ下涼太郎ついに結婚か。お相手は名門茶道家の一人娘。家同士の付き合いも長いようで、家族ぐるみの付き合いをしているらしい。
この女性、Aさんは都内の某会社でOLをしている。木ノ下との付き合いは長いらしく、二人に近しい人物たちは誰しもが結婚間近だといっている。
木ノ下は今まで恋愛関係のスクープはなく、今回が初となる。真面目で、誠実な木ノ下は一途にその女性を思い続けてきたという。
年内にも婚約発表があるのではないかと囁かれている。----
「……嘘だろ?」
思わず声に出てしまった俺の感情。
しかし、俺のそんな間抜けな声は、誰にも届かなかった。