君にすべてを捧げよう
今日は週の半ばだったせいか、比較的暇な一日だった。
6時過ぎにお客様を見送ってから受付終了時間の6時半まで誰も来ず、早々に閉店した。


「杯根さん。シャンプーの練習、させてくれませんか?」


今日来たお客様のカルテを整理していると、アシスタントの千佳(ちか)ちゃんがおずおずと近づいてきた。
千佳ちゃんは2ヶ月前に美容学校を卒業したばかりの新人さんで、もっぱら雑務を担当している。
最近はシャンプーに入ることも増えたのだけれど、まだ緊張がとれなくて手つきがぎこちない。


「いいけど、馬渡くんはどうしたの?」

「馬渡さん、彼女さんと約束があるとかで、断られちゃいました」


見れば、馬渡くんの特徴ある金髪坊主頭が、こっそりと裏口から出て行くところだった。


「こら。シャンプー指導は馬渡くんの仕事でしょー?」


背中に大きく声をかけるとびくりとした馬渡くんは、


「すんまっせん!! 今日どうしても行かないと、俺羽衣ちゃんに捨てられそうなんです!」


振り返るなり、深々と頭を下げた。


「捨てられそうって、どうかしたの?」

「とにかくヤバいんす! 助けると思って見逃してください!」


事情は今度話します! と言い置いて、馬渡くんは逃げるように帰って行ってしまった。


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