君にすべてを捧げよう
「あたしが声かけたら、杯根さん真っ赤になっちゃってー。一緒にいた彼氏がそれ見てすげーかわいいって言ってましたよ」

「ありがと……。でもかわいいって、それきっとフォローだよ……」


ドライヤーとブラシを、鋏とコームに持ち替え、力なく、はは、と笑う。
あたしだって、知り合いが同じことしてるのを見たら何か言わなくちゃ! ってあせることだろう。
自分の行動だけど、痛すぎる。


「えー、と。毛先、少し梳くね。重たいの嫌だったよね」

「あ、はーい。あたし毛量多いからガッツリ梳いてください!」

「あはは、了解」


と、話は一旦終息しかけたことにこっそり安堵のため息をついた。
のに、横にいた後輩の馬渡(まわたり)くんがあっさり戻した。


「そうっすよねー。二十六にもなった女がゴミ袋をネコだー、なんて言ってはしゃいでるの見たら、なんかフォロー入れなきゃって思うっすよ。
来瞳さん、杯根さんは一人だったんすか?」

「え? あ、はい、一人でした。深夜のコンビニの駐車場で、一人でレジ袋追いかけてました」


爆笑再来。

馬渡、あとで絶対殴る、と怒りにこぶしを握ったあたしだったが、みんなそんなことに気付く様子もなく笑い転げていて。
隣の椅子でひくひくと唇を歪ませて笑いを堪えていた他のお客様までもが、耐え切れなくなったのかとうとう声を上げた。


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