君にすべてを捧げよう
街から少し離れた海辺の町に、ヘアサロン『Le Grand Blue No,2』がある。
海岸通りに面した、海風の気持ちいい場所。

モダンな外装の店舗の裏側は、潮風を考慮した、屋内物干し場になっている。
そこは、スタッフの簡易休憩所でもあり、隅には灰皿と小さな冷蔵庫、古びたパイプイスが一脚置かれている。

そのパイプイスに深く座り、前方ではためくタオルの波を眺めながら、あたしは酢昆布を齧っていた。


結局、来瞳ちゃんが帰るまで笑われっぱなしだった……。


ただでさえ情けない話だっていうのに、まさか店でバラされる羽目になるなんて。
はあ、とため息を一つついたのとほぼ同時に、店へと繋がるドアが開いた。


「あれ、ハイネ。ここにいたんだ」


ひょこりと現れたのは、チーフの鏑木(かぶらぎ)さんだった。


「タオル干しを口実に休憩してました。あ、お客様きました?」

「いや、今さっき瀬良様が帰って、お客ゼロ。だから俺も休憩にきたんだ」

「そうなんですか。あ、イスどうそ」

「いや、そのまま座ってていいよ」


立ち上がりかけたあたしを手で制しながら近づいてくる。
横に立った鏑木さんはジャケットからタバコをとりだし、火をつけた。
と、あたしをちらりと見下ろしてくすくす笑いだした。


「え、なんで昆布なんか食べてんの?」


口の端からちょろりと出ていた昆布が見えたらしく、指差された。


「ダイエット中なんです。小腹が空いたらこれ」


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