ソラナミダ

ガチャン…と……


自転車の鍵が解かれる。


「…………。」


…呆けてみる。


「…行くかぁ…。」


サドルに跨がる。


「………。」


また、呆ける。



ペダルに足をのせようとしたその右足が宙を切り……


私はバランスを崩す。


ガシャン……!


音を立てて…自転車が倒れる。


もちろん、私も一緒に倒れる。


「~ったぁ……!」


…バカ。考え事なんてしてるから…!


ひざ小僧には血が滲み……


ポケットティッシュでそっと拭き取る。


「…あ~あ。」


お気に入りの自転車に、傷。


私はそれを起こして……


再度跨がる。


「ちきしょー……」


頭の中では、晴海くんのあのなんともいえない笑顔が浮かんでは消えて…
それを繰り返す。


「…博信が…、待ってる!」


頬を両手で叩き、キッと前を見据えて…


ようやく、私はペダルを漕いだ。





空はどんより曇り空……。



止まればむわっと蒸し暑さに目眩がするから……


できるだけ、信号のない道を選ぶ。





「………。」



『わこ。』



晴海くんが……
私を名前で呼んだ。


『うの。』


私も……、彼の名前を呼んだ。


……平気なワケじゃなかった。


あんなの、青春時代ならもう卒倒しちゃうだろう。


ある程度歳を重ねていたことにホッとする自分がいる。


…普段なら、絶対そんなことは思いもしないのに。



…そんなことを思ってしまう地点で、おかしいのに。


また、考えてしまった。


晴海くんのことを……。





「…イヤイヤ、私には博信が……!」


かぶりを振って、夢のような世界から逃れようとしても……


そう簡単に、離れる訳もない。



ガコン!
…と、段差に身体が跳びはねて…

そこでまた、リアルな世界へ引き戻される。


一日の出鼻をくじかれたような……



そんな、妙な朝が…



始まりだった。




夢が現実になっていく、その幕開けは…





私の心情によく似た、煮え切らないような…


でも、こそばゆいような……



そんな灰色なこの空の下……。





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