ふたつの背中を抱きしめた
柊くんは、アパートの前まで出て私を見送った。
離れがたいと言わんばかりに。
「明日はちゃんと行くから。真陽も休むなよ。」
別れ際にそんなコトを言った柊くんに、私は
「休まないよ。」
と、苦笑いをして手を振った。
すっかり暗くなった街をカラカラと自転車を押しながらひとり歩く。
途中、小さな橋に差し掛かって足を止めた。
下を流れる汚れた川を見ながらふと考える。
このまま、ここへ飛び込んだら楽になれるかな、と。
街灯に水面をキラキラ反射させて流れる暗い水。
所々に藻の絡まった塵や木の枝を浮かべながら。
私も一緒にその暗い水に沈めて欲しい。
「…なんてね。」
あてどなく独り呟いて、再び自転車を押して歩き始めた。
そんな馬鹿みたいな選択をするくらいなら、初めから柊くんを受け入れたりしない。
人はそう簡単には、死なない。
罪を犯しても生きていく。
逃げ出す事は遺された人に永遠の傷を残す。
「…せっかく笑ってくれたんだものね。」
私は、初めて見た柊くんの笑顔を思い出していた。
普段の無愛想からは信じられないくらい無邪気で嬉しそうな笑顔。
笑う事に慣れてないのか、口元が少しはにかんでるようにも見える。
「可愛い顔して笑うんだなぁ」
思い出しながら私はクスクスと笑った。
その笑顔が見れた事は、
これから私が払う代価以上の価値がきっとあると
思いながら真っ暗な空を見上げた。