ふたつの背中を抱きしめた


恋人になっても、婚約者になっても、私が『綜司さん』と呼び続けたのは

彼に敬愛の念を籠めていたから。


綜司さんはきっとそんなことは求めてなかったのに。

尊敬なんかいらない、もっとありのままで見て欲しかっただろうに。


ごめんね。

あの時、『そうちゃん』と呼んであげなくて。

もっと貴方をちゃんと、見てあげなくて。



「綜ちゃんって…呼ぼうか?」

顔を見上げて提案した私に、綜司さんは

「いいよ、今更。照れくさい。」

と困ったように笑って恥ずかしそうに視線を逸らした。


その横顔を

少し淋しそうな横顔を見つめながら

私はそっと、呼んだ。


「…綜司。」


さざ波に掻き消されそうなほど小さな声で。

刹那、驚いた表情を浮かべて彼は顔を伏せた。

私の手を強く握りしめながら。

細くて冷たい指に温もりを与えるように、私は自分の指を絡めた。


「綜司。」


慈しむように、彼の名前を呼びながら。


「…真陽…」


おずおずと顔を上げて私を見たその顔は

17年前に泣きじゃくっていた少年の顔だった。


私は腕を伸ばし彼の風に揺れる華奢な髪をゆっくり撫でる。


「…愛してるよ、綜司。」


堰を切ったように泣き崩れた綜司を

私は自分の胸に抱き留めて包んだ。


子供のようにしがみついて泣きじゃくる綜司の頭を撫で続けながら

私は彼に伝える。


「…大丈夫。傍に居る。ずっと傍に、居るから。」



永遠に繰り返すさざ波のように

何度も何度も

愛の言葉を誓った。




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