ふたつの背中を抱きしめた
「…こんなにのんびりするの久しぶりだね。ずっと仕事と結婚式の準備で忙しかったから。」
足を止めて、キラキラ光る海面を眺めながら私は言った。
「そうだね。でも…もっと早く来れば良かったな。忙しかったからこそ、僕らにはこういう時間が必要だったのかもしれない。」
綜司さんは、海を見つめたままそう言った。
柔らかな髪が、海風に揺れている。
儚い程に綺麗な横顔は、そのまま秋の空気に熔けて消えてしまいそうだった。
私は繋いでいた手に硬く力を籠めた。
綜司さんが消えてしまわないように。
綜司さんは黙って海を見つめ続けた後、そっと私に語りかけた。
「真陽、覚えてる?小さい時、真陽は僕のコト『そうたん』って呼んでたの。」
そう言って綜司さんは目を細めてクスクスと笑った。
「覚えてる。私、舌足らずだったから『そうちゃん』って言えなかったの。」
懐かしくて微笑ましい記憶に私の顔も綻ぶ。
「可愛かったなあ。僕、『そうたん』って呼ばれるのが凄く嬉しくてね。
…だから、大人になって再会した時に真陽に『綜司さん』って呼ばれてちょっと淋しかったんだ。」
少し照れ臭そうに、綜司さんはそう言った。
「ちょっとだけね。」
私にはにかんだ笑顔を向けながら。