ふたつの背中を抱きしめた
「おねえちゃーん、ボールとってー」
身支度を整え、子供達の遊ぶ園庭に出た私はさっそく1人の女の子に呼び止められた。
「ボール?どこにあるの?」
女の子の目の高さまで腰を屈めて優しい口調を心掛けながらそう聞くと、女の子は黙って桜の木を指差した。
立ち上がって見ると、なるほど、満開の花に隠れるようにして枝にゴムボールが引っ掛かっている。
「届くかな…」
そう呟いて、私は自分の背よりやや高いその枝に手を伸ばした。
指に枝の先が擦るもののボールはピクリともしない。
ピョンピョンと飛び跳ねて手を伸ばしてみたものの、ボールを枝から外す程の刺激は与えられず
私は諦めて脚立を取って来る事にした。
「ちょっと待っててね、今ハシゴ取ってくるから。」
不安そうな顔で見ていた女の子にそう言って、物置に向かおうとしたその時。
私の横を誰かが走り抜けた。
助走をつけてジャンプしたその人の手は軽々とボールに届き、上手に枝からそれを落とした。
地面に落ちて弾んだボールをキャッチし、その人は女の子に「ほら」と言って手渡した。
「ありがとう、しゅうくん!」
ボールを受け取った女の子は嬉しそうにそれを抱えて走って行った。
その後ろ姿を、私はただ呆気にとられて見つめ続けた。
ハッと気が付き振り向くと、そこにはやっぱり手をポケットに突っ込んだ姿勢の柊くんが
ボールを落とした時の衝撃で降ってきた桜の花弁に塗れながら、立っていた。
淡い桜吹雪に彩られながらも、深い闇のような色をした柊くんの瞳は私をじっと見ていて
私はその眼光に少しだけたじろいだ。
「…あ、ありがとう。」
たじろぎながらもそう伝えると、柊くんはふっと目を伏せて
「どんくさ」
と吐き捨てるように呟き、桜の花弁を払いながら立ち去った。