涙空



ピアノの音に反応した、というよりは、


…流れた『曲』の方に、反応したんだと思う。




「佳奈?」

「…、これ」




郁也が私の名前を呼ぶ。今私、どんな顔をしているんだろう。

ただ、名前を呼ばれても返事は出来ずにいた。



ああ、……この曲、聴いたことが、ある。




「…っ」




滑るような、優しげな旋律が特徴的なこの曲は、小さいときに幾度も耳にした。


瞬間、また脳裏が騒ぎ出す。聞こえる、…あの声が、聞こえる。

ピアノの旋律と重なって聞こえてくる。…耳が、痛い。




   『佳奈、おいで』




―――ぶつりと、ピアノの音を切り裂いてしまいたかった。



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