涙空



「――――っ」




息を呑む。…誰が弾いているとか、そういうのは関係なくて。


ただ、今は、…あの夢が耳に纏わり付く、今だけは――――聴きたく、なかった。




そのとき、目前が真っ暗になっていた私の隣、郁也が私の名前を呼んだ。




「…佳奈」

「……、え、あ」




ゆるゆると視線を戻す。そこには、私の手首を掴んだ郁也がいる。

「…、郁也?」問い掛けると、郁也は地面に足が縫い付けられたかのように固まっていた私を引っ張って、歩き出した。




「…、」




声が出なかった。すこしの後悔が押し寄せる。




――――多分、私は、…郁也に、気を使わせてしまった。



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