涙空

壊した環状





なにも言わず、郁也は足を進める。ピアノの音が耳から遠ざかっていく。



――――聴きたくなかった。聴きたくない。聴けない。

塞げない耳を、切り裂いてしまおうか。そんなことまで思った。




「…郁也、ごめん、もう大丈夫」

「……」




交差点の信号は真っ赤になって私達の足を止めている。

赤。……赤?――――ああ、思い出したくない。




「…ごめん、大丈夫」




足元に視線を送る。へらへらと笑って、その指先から逃げる。

「……」郁也はなにも言わず、掴んでいた私の手首を離した。



忘れればいい。俯いて、真っ赤に染まった思考回路を、ゆっくりと、真っ黒に染めていく。



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