晴明の悪点
「オン・ナウマテイシャト・マカマニ・ソワカ」
冷静に目を閉ざしている遠子に変化は無い。清明はしかし真言を詠唱する。
「オン・ナウマテイシャト・マカマニ・ソワカ」
オン・ナウマテイシャト・マカマニ・ソワカ
唱えていて清明は瞠目した。遠子の表情にどういった異変があったわけではない。
手だ。
手の平に黒い穴が開いている。痛みがあるわけでも無いようで、遠子は目を開けることも無い。
清明は固唾を呑んでさらに鋭く真言を放った。
「うっ」
遠子の手が呻き声をあげた。男とも女ともつかぬ声である。複数の人間の声をこね合わせた、
と例えた方がわかりやすい。
「うっ、うっ、ううっ、うううっ」
「オン・ナウマテイシャト・・・」
そこで、その穴から放たれた呪力にいち早く気付き、清明と蓬丸は同時に飛びのいた。
蓬丸は勢いよく戸を開け、清明は遠子の後ろに回る。
「ぶわばあああ」
唸り声から金切り声まで混ざった夾雑した声を上げ、物の怪が姿を現した。
赤い、人間である。
口元が溶けているのか上唇と下唇が合わさるごとに糸を引き、
その糸が粘着性を持って滴り落ちる。