一緒に暮らそう
 翌週、新多が愛車の四駆を駆って山の町へやってきた。

 彼と紗恵は町にある老舗旅館にチェックインした。
 昭和初期に開かれた由緒ある宿は、高い楼閣と瓦屋根が美しい建物だ。
 新緑に囲まれた渓流の岸辺に位置している。
 
 玄関の引き戸を開けると、黒い半纏を着た番頭が二人を出迎えてくれた。
 彼は二人の荷物を持って客室へと案内する。
 玄関ロビーには振り子の付いた細長い掛け時計が掛けられ、茶箪笥には菖蒲の花が生けられている。

 吹き抜けの天井が高い。紗恵は思わず天井の螺鈿細工を見上げる。

「うわー、すごい宿だわ」
 旅館だろうがホテルだろうが、こんなに高級な宿泊施設に泊まるのは初めてのことだ。支払いを割り勘にするとしたら、大丈夫だろうかとちょっと不安にもなる。
「この町に、こんな所があったのね」
 彼女の様子を見て、新多がほほ笑む。
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