鬼滅羅〈キメラ〉
それは、忘れもしない。
1年前の、ある夏の夜。

血のように赤い月だけが、空に浮かんでいた。私たちは、さしずめ、水底に閉じこめられた魚のようなものなのか。



「来ないで。あんたに話してやることなんて、もうこれっぽっちも無いんだから」

派手な龍の柄のシャツを着て、首には何重にも金の鎖を下げた桐山に背を向けて、私はまた歩きはじめた。
繁華街を、脇に逸れた寂しい裏通り。
うらぶれたそこには、人通りはなかった。
煙草をくわえ、ライターに指をかける前に、後ろからそれを引ったくられた。

「小生意気な。あれは、俺の息子でもあるんだぜ」

彼は、眉をしかめた私の口から、煙草をゆっくりと奪った。
その左手には、小指が欠けていた。

「あれは、見所がある。俺の部下に置きたい。ゆくゆくは、俺の持ってるもん全部、やってもいい。もちろん、お前にもだ」

馬鹿な男。そんなことで、私を手に入れるつもりなの?

ふふ、と私は息を洩らした。
おもむろにタンクトップのボタンに指を這わせ、なめらかな動きでそれを外していく。
だんだん露わになる、うっすらと汗をにじませた、薄いピンクの豊饒な果実。
男の手が止まる。
私はすかさず、それを掴んで、自分の胸に引き寄せた。

「ここじゃ、話しづらいわね。ここのビル、空いてるから、いらっしゃいな」
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