エゴイスト・マージ

用心深いから、普段こんな風に化学室以外では
滅多に話しかけても来ないのに


どうして、こんな時に限って

振り向かない私を気にすることなく
言葉を続けた

「付き合いだしたみたいだな、お前ら。
やっぱりガキはガキ同士
愛だの恋だの言ってれば良い」


「……お試し期間だって言われたの」

視線の先でボールを追ってる人達の動きを
誰とは無く目で追っていた

私の全身神経と感覚は
全てその背後にしかなかった

「おためし?」

「まずは自分を知ってもらって、
好きになれそうなら
それから彼女になってくれればいいし
ゆっくりでいいからって」

「何ソレ」

「何で私なんだろう?凄く勿体無い、
私なんか」

「好みなんて人それぞれなんだろ
にしても
言い寄ってきたオンナは沢山居るだろうに
アイツ、思っていた以上に男前だな」

「……うん」

「良かったな」

先生がどんな顔をして言ってるのか

「…………」

怖くて見れなかった




「雨音!」



その声に弾かれて振り向くと階段の上に
裄埜君が立っていた


「ヒュ~♪ナイトの登場だ。
怖いな俺を睨んでやがる」

横で私にしか聞こえない低い声で先生が呟く

「ゴメン待たせた雨音、帰ろうか」

「うん……」


私は先生から逃げるように
一度も先生を振り返かえらず
裄埜君へと走った




その時、先生がもう一度
さっきよりも小さい声で
何か言ったようだったけど
私の耳に聞こえる事はなかった




「悩んでるね」

「え?」

「気持ちがかなり揺れてるように見える
俺じゃ不満?」

「そ、そんな事……裄埜君に
私は勿体無いくらいなのに」

「じゃ、他に誰か好きな人がいるとか
例えば……三塚センセイ?」

「!!!!」

何でここで先生の名前が

先生なんて、もうどうでもいい

もう、どうでも


「もしかして単に焦らされてる?」


押し黙ってしまった私の耳元で
不意に囁かれた


顔を上げた時、思いの外裄埜君が近くて

「わっ!!」


焦ってのけぞった私は後ろに転びそうになった

「大丈夫?ごめんごめん」

支えてくれた手のお陰で転ぶとか
恥ずかしい失態はしなくて済んだけど

でも、この場合裄埜君が断然悪い


だって……


「キス、されるかと思った?」

「っ!」

私はカーッと頬が熱くなって
裄埜君に対してどういう顔を
したらいいのか分からなくて

「からかってないよ。寧ろ逆かな
したかったんだけど、無理やりは嫌でしょ?」

「……」

「それに俺、焦らされるの嫌いじゃないし」


悪戯っぽく言われたセリフにまた戸惑う

「私、そんなつもりは……」


「分かってる
そんな事できるタイプじゃない事くらい

真剣に考えてるんだよね?俺の事、ありがとう
よく俺のこと吟味してくれてOKOK
ちゃんと待つから」


以前から思っていたけど


「裄埜君って」

「何?」

「なんか、女の子慣れしてるよね」

「そう?どうかな」

あ、笑って誤魔化した

本気なんだか、そうじゃないんだか
掴めない人だけど

なんか、憎めない

冗談の中に本気を織り交ぜて、相手の出方を
観察してるみたい

「早く俺の事好きになって」

私の背丈に合わせるように、
ちょっとだけ屈んで
覗き込まれた裄埜君の顔は笑っていた



「裄埜……君」

「照れるって事は俺、少しは期待
しても良い?」

「…………」

歯切れが悪くなるのは、
裄埜の態度のせいじゃない
自分自身どうすればいいのか
決めかねてる所為

どう答えていいのか分からなくて
こんなあやふやな気持ちのまま
付き合っていいのか

ずっと迷っていた

何故だろう
今までこんな風に考えたことは無かった

取り合えず、付き合ってそれからって
同じパターンの筈なのに

抵抗感を感じるのは裄埜君だから?


どっちにしろ、早くちゃんと返事しないと


迷う事なんかない

私には不釣り合いなほど、格好良くって
やさしい裄埜君

手を伸ばせばちゃんと受け止めてくれる人

あんな無神経で
あんな勝手で
あんな冷酷じゃなくって


あんな……


バカみたい

私なんかじゃ無理だって

変えるなんて最初から無理だったのに

それでもただ振り向いて欲しくって



だから、もう想うのはやめよう

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