エゴイスト・マージ


「ねぇ。ちょっと来て」



放課後

受験の為の参考書を図書室に返しに行った
その帰り、あまり馴染みのない女子に
声を掛けられた。

「何ですか?」

「いいから、こっちこっち」

女の子二人に両側から
グイグイと腕を引っ張られ、
近くの空き部屋に連れて行かれた。

突き飛ばされるように入ると、
そこには他にも数人の女の子らが
待ち構えていた。


中の一人が、

「アンタさ、裄埜と付き合ってるとか、
マジ?」

「え?」

「こっち質問してんの。
答えろって」

「えと……まだハッキリと
付き合ってるわけじゃ」


「釣り合わないだろ、アンタじゃ」

「…………」

「イラッってくんな、コイツ。
言ってる意味わからない?
アンタなんかに裄埜は勿体無いって言ってんだよ」


勿論、言われている意味が
わからない訳じゃない。

ただ、この状況が飲み込めていなかった。


「センパイ~この女さぁ、
三塚とかにも媚ってますよぉ」

後輩らしき女の子が、
私を睨めつけてる子に甘えた声で
話しかける。

「は、マジで。イイ男なら誰でも良いって訳?」


「私はそんなんじゃない」

「じゃ何?」

「だ、第一他人から言われて
決めることじゃないし」

怖くて声は震えるけど、
こんな理不尽なやり方は我慢できなかった。

「ウザっ。口答えとかすんなよな、
ムカツク!」

髪の毛をグイっと引っ張られて、
床に叩きつけられた。

周囲からクスクスと笑い声が漏れる。


「皆でボコろうよぉ~センパイ」


そう言われた後、倒れた私は何度も蹴られた。


私は蹴られ続ける中必死で、
そのうちの誰かの足を掴んで
引っ張り、バランスを崩した子が倒れた。

「コイツっ!ざけんな!」

一人が私に馬乗りになって殴り始める。

「きゃあはは、もっとやれ~」

「ざまぁ」


と、皆がはやし立てる声の中、

「や……やりすぎだよ。私、もうヤダ」

教室にいた誰かがそう言って、
部屋から出て行ったようだった。


だけど、私の上にいる子には届いていない。

私は、何度目かの殴ってくるその手を
必死に握り返して、
無理な体勢からやっとの
思いで立ち上がった。

足元がフラつく。

口の中も何処か切れてるのか
鉄の味がする。


「フザケてるのは、どっちよ!!」


いい加減、私もブチ切れた。

一方的に、こんな事される謂れ無い
息をするのも辛い合間、そう口に
するのがやっと

見れば殴っていた相手も肩で息をしていた。


「言いたいことが……はぁはぁ……ある……
なら……言葉で言えば分かる……はぁ」


「はぁはぁ……ムカツクんだよ……お……前」


ムカツクのはこっち。
いきなり言いがかりつけてきて大人数で
囲んだら言うことを聞くとでも思ってる?

そういうのは絶対、嫌。

一回飲んだらずっと言いなり。

人に虐げられるのはもう嫌。

今はちゃんと言える……言える私は

ちゃんと言えるから。


「何が目的よ。
口で言いなさいよ!」



「……裄埜と別れろよ!」



え?





















「それを決めるのは君じゃないよ」




声がした方向に皆が一斉に振り向くと、
そこにはサッカーのユニホームを着た
裄埜君と、その後ろに一人の女の子が
隠れる様に立っていた。

恐らくはさっき出て行った女の子が、
裄埜君を呼びに行ってくれたんだろう。


「裄埜君」


さっきまで殺伐とした感じは一気に
消失し、多分普段はこんなだろうと
思えるくらいのテンションに皆が戻っていた。


裄埜君は私の方に真っ直ぐ来て、
私をしっかり支えてくれた。

「大丈夫?雨音」

「うん」

私に小さく”ごめんね”と
呟いた後、

皆の方に向き直った。

「確かこの前も言った筈だけど、本命が出来たから
もう別の人とは付き合うつもりないんだ。

良い機会だし、ちゃんと紹介しておく。
雨音は俺の大事な彼女だよ。

今回の件、どうするかは
まだ決めてないけど。

今後、彼女に何かあったら、いくら女の子でも
タダじゃ置かないよ……イイ?」

裄埜君の言葉に、
女の子達は意気消沈したかのように
ぞろぞろと部屋を出て行った。

最後に残ったのは、
私を一番殴っていた人。



「裄埜、本気なの?」




「そう言ったろ。聞こえなかった?」


瞬間、目に涙を溜めて、
今にも泣きださんばかりの姿で
走り出て行った。


そして裄埜君につられてその視線の先
戸口でオロオロしている子に目が行く。

「ありがとう。呼びに来てくれて。
おかげで最悪な状態を回避出来たよ」

女の子は何度もごめんなさいと
言った後、ドアを閉めて行ってしまった。


「……っ」

何か言おうと思って身じろぎしようと
したけど思いの外、裄埜君に強く
抱きしめられていて適わない。

「雨音、雨音、痛かったろ」

「裄埜君?」

「ごめん、ごめんね」

「裄埜君が悪いわけじゃ……」

「俺のせいだよ、油断してた。
まさかこんな行動に出るとは思わなくて」

まるですっぽり包み込むみたいに
抱きしめられて、
裄埜君の体の温かさが伝わってきた。


「さっき君を見た時、心臓が止まるかと思ったよ
無事で良かった……本当良かった。
これからは絶対守る。
俺の傍にいて欲しい、頼む雨音」


その後、裄埜君に付き添われ、
緒方クリニックへ行った。

他の病院だと今回の事件が学校へ
明るみになる可能性もあったから。

裄埜君は彼女達はそこまでの事をしてるし
雨音が望むならそれでもいいよ、とは
言ってくれた。

正直、腹が立ったし、
許す気もないけど、

ただ……最後に見たあの人の涙が、
辛くて今回だけはとこの選択を選んだ。

あの人は裄埜君の事を本当に好きなんだと
思うと、どうしても強行には出れなかった。



それからは裄埜君の言葉通り、
部活が終わるまで待って
私達は一緒に帰るようになった。




数日後、玲ちゃんを通して、
非公式の裄埜君のファンクラブが
ちょうど例の日の前日に裄埜君本人から、
解散して欲しいと言われていたことを
知らされた。




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