エゴイスト・マージ
相変わらず、笑っている

相手が男でも女でも関係なく


試験が終わり用紙を回収している間
この時間の試験官役の三塚が
クラスメート達に囲まれている
姿をぼんやり見ていた

怒ったり、怒鳴ったりしたところなんて
ホント見たことが無い

言葉使いも私達生徒にすら丁寧

なのに甞められない程度にきっちりと
押さえることこはちゃんと注意する

その上、あのイケメンじゃ人気が
出ないはずも無いのか

いろんな意味で
他の先生と比較しようがなかった





「月島、三塚先生見掛けなかったか?
お前5限目科学だったろ?」

職員室を通りかかった時
担任から声をかけられた

「いえ。見てないですけど」

そか。と一瞬考える素振りを見せた後
悪いがと付け加えられた


なんで……あたしが……

とは、思いつつも

訳わからない実験道具もどきを
両手に携えて
その足は届け先へと向かっていた

箱の大きさほど重くはない
だからたまたま通りかかった
女の私でも良いかと
思って渡されたんだろう

一旦、道具を下に置き
古びた扉を開けると
雨で少しカビ臭い様々な機械と
得体の知れない標本の中を
潜り抜け目的の机に漸くそれを置いた

「ここに置いとけば
分かるって言ってたけど」


ふぅとため息を付いたとこで
教室側の扉が鈍い音とともに
開くのが聞こえた

「あ……三塚先生」




そう呼ぼうと思ったのに


「今日はダメなんですかぁ?」


……その声が聞こえるまでは




私は慌てて近くにあった
遮光カーテンとボードの
咄嗟に隙間に隠れた

それはまるで、この前の再現のよう

無論、隠れる理由なんて微塵もない
分かってるけど


この前あんな所を見ていなければ
堂々と頼まれモノを持ってきたのだと
言えたのに



「違いますよ、神谷先生」


若しくは、三塚が話している相手が
別の人ならそうできただろう

「これからずっと
と言ったつもりつもりでしたが
うまく伝わらなかったですか?」

一応、耳を塞いで
なるべく聞かないように

しようとしたけど存外
近すぎてその努力は無駄になっていた



「それってどういうこと?」

「……案外、理解力ないんですね」

まるで抑揚の無い声で


ここから見える
三塚の笑っている表情とは
見事に反比例した低いトーンの声だった

「飽きた。それだけですよ」


「え?」


それは神谷も同じだったらしく
絶句したまま言い返せないで
呆然と立ちすくんでいる

「先生、ホテルでマグロみたいで
全然良くなかったし
ハッキリ言ってウンザリです
僕を満足させることも出来ないんじゃ
付き合う意味、無いでしょ?」


それは、辛辣で
残酷さ以外の何モノでもなく
女が一番傷つく言葉を
わざわざ選んだかの様な

―――それでも三塚はやっぱり笑っていて

まるで

”お茶でも飲みませんか?”

言葉を聞いていなければそんな感じで



堪らず、神谷が我に返って
三塚を殴りかかった

目を一瞬つぶったけど
その音は聞こえなくて……

恐る恐る目を開けると
殴ろうとした手首を三塚が掴んでいた

「僕は貴方に殴られる理由が
ありません」



不発に終わった手を離されると神谷は
逃げ出すように教室を飛び出していった

私からは見えなかったけどきっと
泣いていたんだと思う




「ひどい!!!」

私は思わず飛び出していた
そして三塚に怒りの言葉を浴びせ掛けた

「信じらんない!

彼女だったんじゃないの!?
あんな言い方無い!!」

三塚は大きな溜息を付いて
ゆっくりと振り向いたその顔は
いつものソレとは思えない表情で
感情の欠片さえ
分からない程のモノだった

「……見逃してやろうと思ったのに」


「三塚先生?」



「声を掛けなきゃ気が付かない
フリをしてやろうと思ってた」


知ってたんだ私がいたこと

それなのに、
あんな酷いことを言ったの?

怒りが更に止め処なく湧き上がってきた。

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